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創作の伴走者

「学園祭で小冊子を発行するとなると、ゆくゆくは印刷や製本の手配が必要ですね。」


「原稿を持ち込んで印刷してもらうんだろう? ……出版社、ではなくて印刷所か。費用もどのくらいかかるのかな。」


 創部初年度の文芸部は、分からないことだらけです。

 ミレーユ部長とユリウス様の会話を聞きながら、私はお嬢様にそっと耳打ちしました。


「お嬢様。ケビン君にお聞きしてみてはいかがでしょう?」


「その手があったわね!」

 お嬢様の瞳がきらりと輝きます。

 ケビン君とは、当家御用商人の息子にして、お嬢様と同じクラスのご学友です。

 文房具の追加注文もあることですし、まさにうってつけの相談相手でございました。



 数日後の午後。

 部室に現れたケビン君は、両腕に大きな箱を抱えておりました。

 春の日差しに汗を光らせながらも、礼儀正しく頭を下げます。


「ご注文のノートと筆記具をお届けに参りました。それと、印刷に関するご相談があると伺いまして。」


 丁寧に文房具を並べ、帳簿を開きながら、彼は手際よく話を進めていきます。


「当商会の取引先に信頼のおける印刷工房がございます。

 学園祭向けの冊子でしたら、十分お手伝いできます。費用もページ数によりますが……この程度で。」


 提示された金額を見た瞬間、部室の空気が和みました。

 お嬢様とユリウス様のお小遣いで、部員全員が冊子を出してもお釣りが来るほどの良心的価格です。


「まあ、それなら問題ないわね。では原稿ができたらお願いできるかしら?」


「はい、喜んで!」

 ケビン君は爽やかに微笑み、さらに商談を畳みかけます。


「印刷以外にも、学園祭向けの装飾物や展示物の額装、看板制作なども承っております。展示の演出に関してもお手伝いできるかと。」


「看板って……自分たちで作るものじゃないの?」

 ぽつりと漏らしたエリカ嬢の言葉に、皆の視線が一斉に集まりました。

 まさか子爵令嬢自ら、板を切ったり塗装をなさるおつもりだったとは……。

 けれど、その素朴さに場がふっと和みます。


 遠い未来の行事に思えていた学園祭ですが、少しずつ現実の形を帯びてまいりました。



 ケビン君の営業トークは止まりません。

「看板を作るなら、これを機に文芸部の“紋章”を考案なさってはいかがでしょう。

 冊子の表紙やノートにも使えますし、部員の皆様で『お揃い』の装飾品を誂えるのも素敵かと。」


「それはいいな! 意匠は……文芸部らしくペンと、あと神話の動物をあしらうのは? どうだい、リリィ?」


「とても素敵よ! ブローチは作れるかしら。学園祭の時、皆でつけたいの。」


「もちろんお作りいたします! 素材は銀と真鍮、どちらになさいますか?」


「銀で!」


 まったく。お嬢様とユリウス様の“喜ぶツボ”を完璧に心得ておられる。この商才は父親譲りでしょうか。

 お二人が次々と乗せられていく様子を眺めながら、私はそっとため息をつきました。




 ひとしきり話がまとまった頃、ケビン君が控えめに付け加えました。


「もし文章の作成にお手伝いが必要でしたら、専門の職人を紹介することも可能です。」


「専門の職人?」

 お嬢様が小首を傾げられると、ケビン君は頷きます。


「はい。文字の誤りを確認して文章を整える“校正”のほか、ご要望に沿った創作を請け負う作家もおります。

 作成途中の原稿に助言させることも可能ですし、原案を頂ければ物語の完成まで仕上げさせる事も可能でございます。」


 これは、いわゆる代筆作家の事でございましょう。貴族社会では、演説文や劇の脚本を仕立てるために使われているらしい、という噂の職業でございます。

 主に世論を操るため、もしくは流行を作るため。貴族の思惑を世に出す形に“翻訳”する職人達です。

 存在はまことしやかに語られておりましたが、このような形で実在を知るとは。


 お嬢様は紅茶を一口含み、ふっと笑われました。

「理想を形にしてくれる人、というわけね。面白いわ。」


 妄想ノートにある分に関してはご自身の手で作られるおつもりのようですが、お嬢様のご性格を思えば、物語の作成依頼を出される日も近いかもしれません。

 貴族の体面や政治の思惑を離れた、純粋な“ご趣味”として。




 やがてケビン君が帰る支度を始めた時、エリカ嬢がそっと声をかけました。


「……あの。“物語を作る職人”の方に個人的に依頼をすることはできますか?」


「はい、もちろん可能でございます。」


「では、改めてお話を伺いたいわ。」


 そのやりとりを耳にして、お嬢様が優しく問いかけられます。


「あら、エリカ。作りたい物語があるの?」


「はい。」

 エリカ嬢は少し照れながら微笑みました。

「リリアーナ様が面白いと仰ってくださった、“あの世界”を本にしたくて……。」


 彼女の頭の中にある“ニホン”の世界。

 不思議な日常と便利な道具が織りなすその世界は、確かに物語の題材として魅力的に思えます。


「自力で物語にするのは難しいですが、専門家の助けを借りたら形になるかも、と思いまして。

 ……もし出来上がったら、学園祭の展示で一緒に並べてもいいですか?」


「ええ、もちろん。きっと素敵な本になるわ。」


 エリカ嬢はほっと微笑み、深く一礼されました。



 エリカ嬢はその後、ケビン君の仲介でとある若手作家と出会います。彼の助けを得て、エリカ嬢が幼少期からずっと思い描いてきた“ニホン”の世界は物語として紡ぎ出され、王国に広まっていったのです。

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