部活の設立
かの公爵令嬢に対するジークフリート様の対応は、実に迅速でございました。
学園もようやく重い腰を上げ、ヴァルトハイム公爵令嬢本人に“指導”を行う運びとなったのです。
それでもなお、「自分は正しいことをしている」と言い張っていたカトリーナ嬢。
ですが、ある日を境に、あの高圧的な“ご指導”はぴたりと鳴りをひそめました。
その理由は──王宮での一幕にございました。
ヘーゲル公爵閣下が、ヴァルトハイム公爵にこう告げられたのです。
「ご息女は入学早々、ずいぶんご活躍のようですな。
生徒会長を務める息子の元に、毎日報告が届いていると聞きましたぞ。」
婉曲ながらも痛烈な一言。
ヴァルトハイム公爵はその場で顔を引きつらせ、直ちに娘の行動を調査したと聞きます。
そして結果を知るや否や、即座に制止の手を入れたのでございました。
無理に押さえつけられた形となったカトリーナ嬢。
外面こそ平静を装っておられますが、その胸の内まではわかりません。
「出来ぬ者を見下しているのでは」
「復讐を企んでいるのでは」──そんな噂が、いまだ燻っております。
それでも、学園の空気はようやく安堵を取り戻しつつありました。
そんな折。
ヘーゲル公爵家とエーデルシュタイン侯爵家の間で、エリカ嬢発案の“学習支援チーム”の構想が密やかに進んでおりました。
礼法に続き、学業面でも両家が協力体制を敷こうというのです。
まずは代表者同士の顔合わせです。
ジークフリート様のご配慮で、学園内の会議室が用意されました。
私はお嬢様の命で両名の立ち合い役を務めます。
「こちらの会議室をご使用ください。私は入口付近に控えておりますので、何かございましたらお申し付けください。」
「ありがとう。」
エーデルシュタイン家側の代表に選ばれたのは、ミレーユ嬢。
かつて学園入学枠を巡って姉妹間で争い、一門を騒がせた“男爵家の姉君”です。
今はアンカー子爵家の養女として、落ち着いた気品と知性を備えておられます。
「あ、マリーさん。どうも。」
「テオ“様”。ご無沙汰しております。」
一方、ヘーゲル家側の代表はテオ君。
“ユリウス様お忍び事件”以来の顔馴染みです。
公爵家傘下の子爵家の五男で、あの一件を契機に創設された奨学金制度の第一号生。
現在はユリウス様直属の配下として、貴族的所作を猛特訓中とのこと。
──かつて進学の道を閉ざされかけた二人。
リリアーナお嬢様とユリウス様に救われ、今度はその両家を支える側に成長されたのです。
エリカ嬢はお二人を見て、こっそり“敗者復活コンビ”と命名されておられました。
言葉選びのセンスこそ独特ですが、言い得て妙でございます。
さて、学習支援チーム発足にあたり、ジークフリート様からは厳命がありました。
「派閥としての動きだと気取られるな」と。
無用な政治的摩擦を避けるためです。
しかし、貴族の男女が二人きりで会う、という状況は周囲の耳目を集めやすいもの。
こそこそ動けばなおさら噂の的です。
本日は私がお嬢様の名代として立ち会っておりますが、毎回というわけには参りません。
活動方法について悩むお二人。
その時、ミレーユ嬢がふと思いついたように言いました。
「いっそ──部活動にしてしまいましょうか。」
「……部活動?」
「ええ。私たちで新しい部を立ち上げるのです。
“同じ部の仲間”という肩書があれば、打ち合わせをしていてもさほど違和感がありません。」
「なるほど! 部室がもらえれば会議場所にも困らないし、資料も共用できる。
しかも外部の部員を募らなければ、機密も保てますね!」
実に現実的な提案でした。
ただ一つ、問題がございます。
「活動報告と……学園祭での展示、ですね……。」
「詩作でもします?」とミレーユ嬢。
テオ君は一瞬考え込み、苦笑いを浮かべました。
「詩の才能はありませんが、文章を書くのは嫌いじゃありません。
その方向で、活動内容を練ってみましょうか。」
──その日の夕刻。
リリアーナお嬢様の寮室にて。
「部活動の申請に必要なのは五名。
わたくし達二名に、策の発起人エリカ様。
できればリリアーナ様とユリウス様にもご参加いただければ、と。」
ミレーユ嬢の提案に、お嬢様は目を輝かせて飛びつきました。
「まあ! 自分たちの部活だなんて素敵! もちろん入部しますとも!」
最近は派閥の調整に追われる日々でしたから、久々に見せた無邪気な笑顔でした。
「表向きの活動内容としては、詩や評論、読書案内などを予定しています。
リリアーナ様には、お好きな本を紹介していただくのがよろしいかと。」
「そうね……。でもせっかくだったら、学園の“伝説”を調べて発表したいわ!」
お嬢様のご要望にミレーユ嬢は「伝説……?」と首を傾げます。
「それは学園にまつわる不思議話のようなものですか?」
「ええ、それ! わたくし、それをたくさん知りたいの。まとめて一つの物語にするのも面白そうだわ!」
「なるほど。上手くいけば小冊子として刊行できるかもしれませんね。良い成果報告になります。」
そのやり取りを聞いていたエリカ嬢が、ぽつりと呟きました。
「学園祭で詩や文章を展示し、小冊子を作る部活……?
あ、『文芸部』!」
この一言が、命名の決定打となりました。
名目上の部長はミレーユ嬢。
部員はリリアーナ様、ユリウス様、エリカ嬢、テオ君。
少数精鋭の“学習支援チーム”は、部活動という堂々たる表の顔を得て、静かに歩み始めました。
そしてこの“文芸部”。
お嬢様とユリウス様にとって、何よりも貴重な安らぎの場となりました。
ファンタジーめいた発言がうっかり漏れても、「物語の構想中です」と言い訳が立つ。
これほど便利な場所が、他にあるでしょうか。
小さな部屋で、お二人は夢を語り、仲間たちは静かに微笑む。
のちに学園をゆるがす“物語”が、ここから生まれることになるなど、この時の誰も、まだ知らなかったのです。




