ジークフリート視点:静かなる応酬
新学期というものは得てして落ち着かない空気が流れるもの。だが、今年は例年にも増して波乱の幕開けだった。
入学式早々、新入生のクラスでトラブルが発生。生徒が生徒に度を超えた注意叱責をしていた。当事者はヴァルトハイム公爵令嬢、将来の第二王子妃である。
それをいち早く嗅ぎつけ、報告に現れたのは弟のユーリだった。彼の婚約者、リリィからの書簡を手にして。
二人の主張の要約はこうだ。
──学園に“闇の支配者”が現れた。世界が滅びる前に力を合わせて立ち向かわねばならない──。
……毎度ながら、よくもこれだけ芝居がかった表現を思いつくものだ。
だが即座に仲間を守る行動に出たのは評価してやりたい。
生徒会には明日報告が上がるだろうから、今は兄として彼らに助力してやるべきだろう。
「明日の夜、寮の会議室を押さえておいてやる。立ち居振る舞いと敬礼、言葉遣いの基礎から見直そう。
ヘーゲル家とエーデルシュタイン家の一門は全員参加だ。友好家門にも声をかけておけ。」
「わかった! “勇者同盟”の始動だね!」
「……その名称はやめろ。“勉強会”だ。」
弟のこの語彙のセンスはどうにかならんものだろうか。
「言っとくが、我が一門で一番危ういのはテオだぞ。
ヴァルトハイム嬢が上級生まで糾弾し始めたら、真っ先に目をつけられるだろう。」
テオはかつて、ユーリが神殿学校に潜入した際に拾ってきた学生だ。
資質も学力も問題ないが、長年の習慣からか貴族的所作が抜け落ちている。
弟は神妙に黙り込み、それから拳を握った。
「……テオは、僕が指導するから。」
「拾ったからには、最後まで面倒を見てやれ。」
感情で動くユーリだが、だからこそ人を見捨てない。
それが弟の、最も厄介で、最も尊いところでもある。
翌夜。第一回“勉強会”が開かれ、私は早くも想定外の現実を知ることになった。
礼儀が危うかったのは、新入生ではなく上級生の方だったのだ。
近年の学園は“谷間の世代”と呼ばれていた。
高位貴族の入学が減り、代わりに下級貴族や平民が増えた。
その結果、身分を超えて交わる自由な空気が生まれていたのだ。
私もその風通しの良さを好ましく思い、多少の作法の乱れには目をつぶってきた。
……それが、今の歪みを呼んだのだろう。
学園に厳格さが戻ること自体は悪くない。
ただ、ヴァルトハイム嬢のやり方はもはや“矯正”ではなく“支配”だった。
生徒会には連日、苦情が舞い込む。
「授業中に答えられず泣かされた」
「休憩時間も気が抜けない」
──いずれも、彼女絡みだ。
厄介なのは彼女の背後だ。
ヴァルトハイム公爵家、そして第二王子。
軽々しく糾弾できる相手ではない。
あちらは「指導してやっている」という建前を崩さぬ限り、正面から責めることはできない。
「……まったく。リリィとユーリの“感情的判断”が、結果的に的中しているとはな。」
リリィからの手紙──“闇の支配者が学園を侵食している”という文言。
大げさな戯言だと思ったが、いざ状況を見れば、あながち間違いでもない。
確かに学園内の空気は淀み始めていた。
「まずは生徒会として、教師陣に問おう。
学生に学生を叱責させているとはどういうことか、と。」
直接糾弾はしない。
だが“制度の是正”の名で圧をかける。
それが生徒会としての戦い方だ。
報告書に署名を入れ、封をしたその時。
机の隅に置かれた一通の封筒が目に入った。
差出人はリリィ。例によって侯爵家の公式文書の体裁である。
『闇に立ち向かう勇者様へ、感謝をこめて!』
思わず笑いが漏れた。まったく、彼女らしい。
──勇者、か。
悪くない称号だ。
そして、ふと、とある手段が残っていたのを思い出す。
生徒会長としては使いたくない一手ではあったが、今回に限っては使わざるを得ないだろう。
私は侍従に自室から、ヘーゲル家の家紋入りの便箋を持ってこさせた。
父上宛に書き始める。入学以来ヴァルトハイム嬢の引き起こした、”問題行動”の一つ一つを。
目には目を、歯には歯を。
そして、公爵家には──公爵家をだ。




