悪役令嬢対策会議
ご令嬢方をお返ししたのち、リリアーナお嬢様は息つく暇もなく筆を執られました。
宛先はもちろん、ユリウス様でございます。
内容は、いつものごとく……いや、その熱量は常の比ではございません。
『ユーリ! 早くもわたくし達が対処すべき事件が起こったの!
このままでは、大切な仲間が“破滅のシナリオ”に巻き込まれてしまうわ!
あなたの力が必要よ! 世界の平和を、わたくしたちの手で取り戻しましょう!』
──書き出し三行目にして、すでに現実との乖離が著しいように思われます。
それでも、家紋入りの封蝋まで押された公式文章仕様でしたので、私は急ぎ男子寮へと向かいました。
応接室にお越しくださったユリウス様は、手紙を一読して神妙に頷かれました。
どうやら、例の公爵令嬢の噂はすでにお耳に入っていたようです。
それにしても、この文面でお互いに通じ合えるのはもはや才能と申すほかございません。
「リリィの言う通りだ。あの恐怖政治を放置すれば、世界が終わる……。」
……ユリウス様の仰る“世界”とはおそらく学園のことでありましょう。
「兄上に相談してくる。マリー、ここで待っていてくれ。」
そう言い残し、ユリウス様は颯爽と部屋を後にされました。
この流れ……何だか以前にも覚えがある気がいたしますね。
案の定です。ほどなくして、公爵家の侍従が現れ、寮の奥のヘーゲル公爵家専用区画へと連れていかれました。
廊下を歩けば周囲からの好奇の目線が痛いほど。若い侍女が男子寮内にいる、というのは相当珍しい事なのだそうです。
やっとの思いで部屋に通されると、ユリウス様の兄君、ヘーゲル公爵家ご次男のジークフリート様はお嬢様の手紙を前に、眉間を押さえておられました。
「……“闇の支配者”が学園を侵食している? ユーリ、これは何の暗喩だ?」
「つまり、運命の輪が狂い始めたんだ!」
……ああ。やはり、お兄様に対してもその調子でございましたか。
ジークフリート様に促され、私は事の経緯を簡潔に申し上げました。
お嬢様が例の公爵令嬢の行動を知り、傘下の男子生徒を守るためにユリウス様へ協力を求められた、ということです。
「なるほど。この“悪役令嬢”とはヴァルトハイム家のカトリーナ嬢のことか。」
「そうなんだよ兄上。とにかく彼女が“学園を支配するシナリオ”を止めないと。このままでは仲間が“闇堕ち”してしまう!」
「……お前達と話していると、本当に同じ言語を使っているか疑わしく思えてくるな。」
そう呟きつつも、ジークフリート様は非常に聡明なお方。走り書きをされながら淡々と要点をまとめられます。
「要はこう言うことだろう。
カトリーナ嬢の指導が過剰で、周囲が萎縮している。
リリィは傘下の子女を守ろうとし、将来の婿のユーリに男子生徒への支援を求めた。
そしてお前は、これは我が公爵家としても看過できない問題だと判断した。……これで合ってるか?」
「そう。その通り!さすが兄上!」
あのお二人の言い分をここまで正確に翻訳されるとは、まさに人間翻訳機でございます。
「ふう。お前達の現実をファンタジー化する能力は、もはや天才的だな。」
ジークフリート様は苦笑いを浮かべつつも、すぐに実務的な判断を下されました。
「よし、この件は公爵家としてもエーデルシュタイン侯爵家と協調して対処する。
まずは両家に連なる者、全体の礼儀作法の底上げを図ろう。形式上は“合同勉強会”だ。」
「ありがとう、兄上!」
「お前達の手で学園を守るとか、不安要素しかないんだが……まあ、意気込みは買ってやる。」
そう仰いながらもジークフリート様の口元には確かな笑みがございました。
リリアーナお嬢様宛の返書もすぐにしたためてくださったジークフリート様。
『男子のことは任せろ、令嬢方の件は一任する』との文面に加え、『悪化するようなら生徒会としても対応する』との一言も。お嬢様は「さすがジークお兄様!」と感激なさったのは言うまでもございません。
かくして──ヘーゲル公爵家とエーデルシュタイン侯爵家による秘密の連携が始動いたしました。
例え原動力が、お嬢様とユリウス様の妄想半分の正義感であったとしても……。
お二人の行動は、結果的に学園の空気を少しずつ変えていくことになるのです。




