ドアマットヒロインと婚約者
エーデルシュタイン家の庭園は今、初夏の薔薇が盛りです。
花々が咲き乱れる光景は絵画のような美しさ。風が通るたび、絵筆のタッチのごとく景色が揺らめきます。
———その庭園の一角。
本日のリリアーナお嬢様は婚約者とお茶を囲んでおられました。
公爵家の三男であるユリウス様はお嬢様と同い年。将来は婿入りされて次期エーデルシュタイン侯爵となられる予定です。
婚約には大人の事情もあるとはいえ、幼少の頃からの気心の知れた仲。ユリウス様も物語の世界に親和性の高いお方で、趣味も合うのでございましょう。
お会いになられる際には、毎回それはもう、楽しく過ごされます。
ただ……本日のお嬢様は浮かぬお顔。
ユリウス様も心配そうに事情を尋ねられます。
「おかしくなったと思わないでくださいませ。
わたくし、夢で未来を見てしまったの…。」
「予知夢か。僕もたまにある、そういう時。
何かが起こるって見えてしまうのはつらいよね。」
本日のお嬢様は未来を予知なさったようですね。
ユリウス様自身もそういう経験が豊富とは、驚きでございますけれども。
「世界の滅亡? それか、邪神の復活?」
「いえ…そういうのではないの。
将来ね、わたくしはユーリに婚約破棄されてしまうんだなと思って。」
「へっ? 婚約破棄!?」
……想定外のご返答でした。
ユリウス様はもちろん、後ろで控える使用人一同も困惑です。この流れ、絶対にファンタジー系の話だと思っておりましたのに。
「ユーリはこれから出来るわたくしのお義姉様と結婚するの。
お父様の再婚相手の連れ子としてこの屋敷に来るのだけれど、実はお父様の本当の娘。政略結婚のお母様に隠して、ずっと真実の愛を囲ってらっしゃったのね。」
まるでゴシップ紙の醜聞記事のよう。お嬢様は隠れてお読みになっているのでしょうか。
亡き奥様を溺愛されていたと評判の旦那様がこの言われようなのは、お気の毒でございますけれども。
「愛しあう親子3人にとって、わたくしは邪魔者…。
宝石やドレス、わたくしの持ちものはすべてお義姉様のものになってしまうの。
お部屋も追い出されて屋根裏で暮らすことになり、食事を出して欲しければ、と下働きをさせられる毎日。
周囲に味方はどんどんいなくなり、わたくしはついにひとりぼっち…。」
自分の妄想でどんどん自分を虐げていかれるお嬢様。これでもかと降りかかる苦難の数々は、いわゆるドアマットと呼ばれる展開でございますね。
お嬢様の逆境のスパイスとばかりに、流れでさらっと解雇される設定を付け加えられた私も大概不憫です。
「つらいわ…でもわたくしは我慢するの。
だってお空のお母様と約束したから。いつだって笑顔でいれば、きっと幸せは訪れるって!」
胸に手を当てて空を仰ぐお嬢様。悲劇のヒロインに酔う、という言葉はまさにこの状況のためにあるのでは、と思うぐらいの陶酔っぷりでございます。
平素とはジャンルの異なる展開にしばし唖然としておられたユリウス様ですが、お嬢様が不幸の只中にいる事は察せられるのでしょう。(妄想に)囚われた姫を救い出さんと、英雄は(椅子から)立ち上がられました。
「…リリィ、それは間違ってる!」
「え…?」
「そんな未来、僕は絶対に認めない!
運命が君に牙を剥くなら、僕はそれと戦う。
何があっても僕が君を守るから。」
「まあ…!」
お嬢様の瞳は揺れています。突如現れたヒーローの存在に戸惑い、そしてときめいておられるのでしょう。
物語は悲劇から一転、急展開を迎えそうでございます。巷に聞こえるドアマットヒロインのお話も、最後でヒーローに救い出されてハッピーエンドが定番でございますものね。
「…宿命に、抗う。僕にはその力がある。君と僕とで新たな世界を創るんだ!」
「ええ!そうよ。さすがユーリ…!」
……ユリウス様のお心うちではどうも別の物語が展開していそうでございますが、おかげさまで本日のお嬢様の妄想劇場は大団円を迎えることが出来そうです。
ユリウス様は本当に、お嬢様の唯一無二のヒーローでございますね。




