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期待うずまく入寮日

 入学式を明日に控えたこの日、王立学園の寮は新入生達の到着で賑わいを極めておりました。

 門前にはそれぞれの家紋を染め抜いた馬車がずらりと並び、従者たちが慌ただしく荷を運び降ろしています。緊張に頬をこわばらせる者、好奇心で目を輝かせる者──それぞれが新しい生活の始まりを噛みしめておりました。


 もちろん、私たちも例外ではございません。




「思っていたより広いわね……!」

 部屋に足を踏み入れるなり、リリアーナお嬢様は歓声をあげられました。


 女子寮西棟三階の角部屋。高位貴族専用の特別室は、他の部屋と比べても段違いの広さと豪奢さを誇っております。

 寝台や机といった基本的な家具の他、ゆったりとしたソファや会議用の円卓などが揃っております。浴室などはもちろんの事、簡易の台所や専属侍女の控室まで完備され、お嬢様の生活の全てをここで完結させることが可能です。まさに小さな館といっても差し支えございません。


 何より私が安堵いたしました事は……この部屋は、例の公爵令嬢が入る東館からは遠く離れていることです。

 妄想のあまりにお嬢様が叫ばれても、エリカ嬢たちと大騒ぎをなさっても、そう易々と筒抜けにはなりますまい。

 興奮したお嬢様がはしたなくもベッドに転がられたり、ソファに身を投げ出されたりしても……誰にも知られないでしょう、多分。



 お嬢様は私が荷解きに精を出している間、興味の赴くままに部屋中を探検しておいででした。

 荷物の整理が一段落し、ふとお嬢様を探すと、お嬢様は窓辺の小椅子に腰掛け、じっと外を眺めておられました。


「男子寮はこちら側なのね。きっと、あそこの物陰で夜中に逢引する恋人たちが……ふふふ、このわたくしが見届けてさしあげるわ!」


「お嬢様。覗き見は趣味が悪うございますよ。」


「それに、魔王はきっとこの窓から攻めてくるわ。ほら、登りやすそうな蔦もあるじゃない!」


「……不審者か強盗の類でございましょう。それは。」



 いかなる物事も最終的には妄想の糧にされてしまう所は、相も変わらずでございます。





 夕刻、お嬢様と同じく西棟に部屋を割り当てられたご令嬢方が続々と挨拶に訪れました。

 この棟において、エーデルシュタイン侯爵家の一人娘であるお嬢様は実質的な序列一位。棟の“顔”となられるお立場になられるのです。


 侯爵家傘下のご令嬢方は、クラリッサ嬢がまとめて案内してきてくださいました。学園の配慮なのか、全員が西棟に集められております。上級生の中には、わざわざ部屋替えをして合流した者もおりました。


「わたくしのために手間をかけたわね。」


「とんでもないことでございます。おかげさまで親族と同室となりました。」


 下級貴族のご令嬢は相部屋暮らし。使用人も付けられませんので、互いに助け合わねばなりません。同室の相手との相性は、学園生活の明暗を分ける要素でもございます。


「皆、これからよろしく頼むわね。」

 かつてはお嬢様の取り巻きの座を巡ってギスギスしていたご令嬢方も、今や落ち着き、和やかな挨拶の場となりました。





 怒涛の訪問を終えた夜。


「相部屋も楽しそうよね! 夜には同室の子と恋愛相談を始めるのよ。『好きな人いる?』『実は……』って! 秘密の共有から生まれる絆……甘美だわ!」


 侯爵令嬢と同室にさせられた一般の令嬢は、きっと気を遣いすぎて眠れますまい。どうか「部屋を代わりたい」などと言い出さないことを祈るばかりです。


 お嬢様の興奮は醒めるどころか、むしろ燃え上がってまいりました。


「マリー、いよいよ物語の開幕よ!

 この寮こそ学園生活の影の舞台! 友情、ライバルとの確執、裏切り……すべてはここから始まるの!」


 脳裏には既に、煌びやかな舞踏会や血湧き肉躍る冒険譚が繰り広げられているのでしょう。  

 一門から裏切り者が出るなど、縁起でもない想像はおやめいただきたいのですが。


「学園の伝説、ここにあり! 貴族も平民も関係なく、宿命に挑む仲間たちが結ばれる……!」


 ──今宵はおやすみになりそうにございません。


 期待で胸を膨らませるお嬢様の横顔を見守りながら、わたくしの心は自然と引き締まりました。

 ここでの出会いや友情は、後にお嬢様の歩みに大きな影響を及ぼすでしょう。

 けれど、そこに待つのは甘美な夢ばかりではございません。身分差ゆえの軋轢、家同士の利害……そのすべてが渦巻く場、それこそが学園なのです。

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