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入学準備と平民枠

 外はまだ雪の名残が庭の芝を覆っています。けれど窓から射し込む陽射しには、かすかに春の気配が混じりはじめておりました。

 ──王立学園の入学式まで、もうまもなくです。


 今日は御用商人が訪れる日。リリアーナお嬢様の入学を控え、必要な品々を整えて届けに参るのです。


 応接室では、大奥様とお嬢様が並んで座ってお待ちでした。ほどなくして、落ち着いた身なりの壮年の商人が姿を現します。

 後ろには、大きな木箱を抱えた従者達。そしてその傍らに、ひとりの少年の姿がありました。


「大奥様、リリアーナお嬢様。本日は王立学園の入学準備の品々をお持ちいたしました。それと──」

 商人はその少年の肩に手を置き、誇らしげに告げました。


「このたび、倅のケビンも学園に合格いたしまして。お嬢様と同じ学年で学ばせていただくこととなりました。

 大奥様、推薦状の節は誠にありがとうございました。」


「そうだったわね。合格おめでとう。あなたがケビンね。」


 大奥様の慈愛に満ちた眼差しに、少年は背筋を伸ばして答えます。


「はい。ケビンと申します。この度はリリアーナお嬢様とご一緒に学べること、身に余る光栄に存じます。」


 まだ声変わりしきらぬ響きながら、言葉には誠実さがにじんでおりました。

 お嬢様は微笑みを返されます。上品なお淑やかさを装ってはおられますが、その胸中は──。


(“平民枠”の子、ほんとうにいたのね!)


 などと、大騒ぎになっているに違いありません。




 ──平民枠とは。


 近年、王立学園に新設された制度です。

 これまで貴族子女だけに限られていた入学を改め、平民の中からも才覚ある者を選抜して通わせる。王国の改革の一環として打ち出されたものでした。


 もっとも実際には、貴族との人脈を求める商人階級の子息に人気が集中。試験は苛烈を極め、読み書き計算に加え、歴史や地理、さらに素行や身元の調査まで行われるそうです。

 合格できるのは努力と才能を兼ね備えた、ほんの一握り。その狭き門をくぐった少年こそ、ケビン君なのです。


「必死に勉強しましたので……合格できて、本当に嬉しいです。」


 そう語る笑顔は、素朴でありながら自信を帯びています。


「あなたの努力の賜物ですわ。これからも励みなさい。」


 大奥様が優しく頷かれると、彼は深々と頭を下げました。

 素直さと真面目さに加え、落ち着いた物腰。私から見ても、なるほど将来が楽しみな少年に思えました。




 商人は帳簿を広げ、届けた品の数々を説明します。制服や教材、寝具や日用品まで、どれも上質で丁寧な品ばかり。さすが御用商人、抜かりがございません。


「そして……こちらはお嬢様に。ささやかですが、入学のお祝いでございます。」


 彼が恭しく差し出した包みを開けると、そこには幻想的な意匠を凝らしたペンと、表紙に不思議な地図が刻まれたノートが収められていました。


「冒険譚に出てくる魔法の杖と宝の地図をモチーフに、特注で拵えさせました。学問の記録にも、また未来の物語の種にもなりましょう。」


「まあ……素敵ですわ。」


 お嬢様は一瞬、目を丸くされましたが、すぐに上品な笑みを浮かべました。

 けれどその頬の朱は隠しきれません。

 さすがは御用商人だけあって、お嬢様の趣味嗜好を熟知しておられる。まこと研究熱心でございます。



⸻——————


 面会を終え、お嬢様は自室に戻るや否や、急いで机へ向かわれました。


「マリー! エリカの言う通りだったわ! やっぱり大商人の息子は仲間になるのよ!」


 やはりでした。期待を裏切らぬ展開に、お嬢様はすでに妄想の大海へ船出されたご様子です。


「ケビンは魔力はないけど、王子達を知識と道具でサポートするの。ほら、道具屋兼仲間枠! 間違いないわ!」


「お嬢様……」


 私は深い溜め息をつきながら、机に置かれたノートをそっと押しやりました。


「ケビン君は当家の御用商人の子息。王子様の仲間になるより、むしろお嬢様やユリウス様にお味方するのが筋でございます。……大切な手駒をみすみす王家に献上してどうなさいますか。」


「あっ……そうね。」


 私の指摘に固まられたお嬢様ですが、切り替えは一瞬のこと。


「じゃあ、ケビンにはわたくし達の“伝説”を手助けしてもらうわ! 王子との冒険は……王家御用達の商家の子に任せましょう!」


 ……結局、王立学園に関する事は全て“伝説”に回収されるのでございました。


 ──事実として。

 ケビン君は後に、商家ならではの視点と伝手を活かし、学園生活においてお嬢様の大きな助けとなってゆくのですが。

 それはまた、少し先のお話でございます。

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