学園の伝説
「これで、リリアーナ様との授業も最後ですね。
あとはしっかり、学園で学ばれるとよろしいでしょう。」
「……はい、先生。今まで、本当にお世話になりました。」
冬の光が柔らかく差し込む書斎。
窓辺に積もった雪が反射して、室内は普段よりもいっそう白く冴えて見えました。
学園入学を目前にして、クラウディア先生の帝国語の授業も本日でおしまい。
これまで影で「怖い」「魔女だ」と散々な呼ばれ方をしていた先生ですが、別れの時を迎えると、さすがにお嬢様の瞳の奥にも名残惜しさがにじんでおりました。
いつもは授業が終わればすぐお帰りになる先生ですが、この日は特別に、お嬢様と向かい合ってお茶を共にされています。
「先生も、王立学園で学ばれたのですよね?」
「ええ。わたくしが入学した頃は、ちょうど女子の入学がようやく認められたばかりで……今とはだいぶ雰囲気が違いましたけれど、良き思い出です。」
ほぼ初めて交わす雑談に、お嬢様の目がきらりと光ります。
「先生、その頃の学園のお話を、ぜひ聞かせてくださいませ!」
クラウディア先生は昔を懐かしむように目を細め、ゆっくりと話し始めました。
「当時はまだ女子寮が整っておらず、わたくし達女子生徒は、学園の隣にある離宮のお部屋を割り当てられていたのです。」
「離宮に、ですか!」
「ええ。そこでご一緒した王女殿下は、大層お話好きでいらして。夜ごと、離宮にまつわる不思議なお話を語ってくださったのです。
幽霊が出ると聞かされた夜などは……怖くて、なかなか眠る事ができませんでした。」
「離宮に幽霊が……!」
あの厳格で真面目なクラウディア先生の口から、まさか怪奇譚が飛び出してくるとは。その落差に、お嬢様の胸が高鳴るのが傍らからも伝わってきます。
「もともと学園は離宮の一部でしたでしょう?
ですから、王女殿下はわたくし達を引き連れて“肝試し”と称し、夜の学園内を巡ったこともあります。呪われた井戸に、開かずの扉……。
当時のわたくしは小心者でしたので、ぶるぶる震えながらついていったものです。」
夜の学園を王族主導で探検とは。お付きの方々はさぞかし頭を抱えられたことでしょう。
「怖い話ばかりではございません。妖精が現れるという庭や、恋人達の思いが通じ合う東屋とか、願いを叶えてくれる石像などの話もありました。
……あの方は、まるで物語の主人公のようでございました。」
先生はふっと微笑まれましたが、その瞳には淡い潤みが宿っていました。
聞けば、その王女殿下は学園を卒業してすぐ、遠国に政略結婚で嫁がれたそうで……お嬢様も私も、そのお名前を聞いてもぴんと来ないほどの遠い存在となってしまっているようでした。
「殿下のお話のいくつかは今も学園で語り継がれていると聞きます。きっと、リリアーナ様のお耳にも入ることでしょう。」
「まあ! 必ず探してみますわ!」
お嬢様は小さな拳を握りしめ、今にも学園へ駆け出しそうな勢いで身を乗り出されます。
その無邪気な様子に、クラウディア先生は思わず笑みをこぼされました。
「リリアーナ様と接していると、あの頃の殿下の面影が蘇って……懐かしい気持ちになりました。
あなた様の歩む道が、物語のように鮮やかであらんことを。」
その祝福の言葉を最後に、先生は静かに席を立たれました。
お嬢様は立ち上がり、深々と頭を下げて見送られます。その姿は、ほんのひととき、立派な令嬢そのものでございました。
⸻———
その後──。
「マリー! 学園の伝説はやっぱりあったのよ!」
自室に戻った途端、先ほどまでのしおらしさはどこへやら。
お嬢様は勢いよく両手を広げ、興奮のままに叫ばれました。
「離宮の幽霊に、呪われた井戸に、開かずの扉! それに妖精ですって! 素敵すぎるでしょう?」
……はい。もう大騒ぎでございます。
今日の先生の授業で、私も学ばせていただきました。
──王族にもリリアーナお嬢様の“同類”が存在した、という驚きの事実を。
しかも、その身分が高ければ高いほど、妄想力で周囲を巻き込み、大事を引き起こしてしまうということも。
「きっと図書館の地下には禁書庫があるはず!
寮には夜な夜な魔王の影が忍び寄るの! ああ……わたくし、必ず真相を暴いてみせるわ!」
お嬢様の脳内では、伝説が伝説を呼び、次々と新たな“物語”が紡ぎ出されていくようです。
「ふふふ……わたくし達が入学することで、学園は新たな伝説の舞台になるのよ!」
「……はあ。」
──もしかしたら寮生活でも、この調子なのでしょうか。
連れていける使用人はひとりだけ、という規則。僭越ながら私がその役に内定しているのですが……。
必需品になるのは、頭痛薬か胃薬か。
そんな未来が、もうはっきりと見えておりました。




