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孤児院の聖女候補

 本日、リリアーナお嬢様は大奥様と孤児院へお出かけです。学用品や日用品を用立て、孤児たちの様子に気を配るのは、高位貴族家としての務めです。大奥様にとっては数多い公務のひとつに過ぎませんが……。


「孤児院! ヒロインの原点として王道よね!」


 お嬢様は朝から気合十分でございます。

 この孤児院で”ヒロイン(仮)”に会えるかもしれない、と期待に胸を弾ませておられるのです。

 王立学園で第二王子と恋愛し、冒険し、そして聖女の力に目覚める少女。お嬢様の妄想はその生い立ちにまで及んでおります。


「きっといるわ! 他の子供たちが遊んでいる中、ひとり礼拝室で祈りを捧げる子。いかにも聖なる力を授かりそうな雰囲気!」


「お嬢様、ひとりで祈っている子供はだいたい、反省させられている子でございますよ。」


 そんな信心深い子供など存在しないでしょう。いえ、もしいたら、確かに聖女の素質があるかも、なんて思えてしまいます。




 孤児院は石造りの質実剛健とした建物でした。中庭には洗濯物が翻り、随所に子供たちの笑い声が満ちています。明るい声が響くだけで、古びた建物も温かみを帯びて見えるものです。

 大奥様が院長と寄付の件や冬越しの準備について話し合われている間、お嬢様は施設を見学させてもらうことになりました。


 ちょうど子供たちは自由時間。

 廊下を歩くドレス姿のお嬢様に、好奇心の眼差しが一斉に向けられ、わっと人だかりができます。


「わぁ……お姫様だ!」

「きれい……!」


 黄色い声に囲まれて、お嬢様はご満悦です。


「まあ、ごきげんよう。お勉強は楽しい?」

「はい! 字を習っています!」

「僕は剣の稽古です!」


 皆、ハキハキと頼もしい受け答え。ずいぶんと教育が行き届いている印象を受けます。王都の孤児院だけに貴族の視察も多く、子供達も慣れているのでしょう。


 お嬢様は子供たちと歓談しながら、中庭、講堂、食堂、談話室を順に見て回られました。

 しかし、どこを探しても、お嬢様のお眼鏡に叶う聖女候補は見つかりません。


「こうなったら、やっぱり……礼拝室よ!」

 お嬢様は勢い込んで、最後に小さな祈りの部屋を目指しました。


「あ、この部屋は…普段は閉じておりますので……。」

 やんわりと制止をかける職員を押し切り、お嬢様が扉を開けると──。



 薄暗い部屋の中、黙々とモップをかける小さな影。床を磨く音だけが響いておりました。


「いたわ……!」

 お嬢様は私の袖を掴み、囁きます。

「自由時間にここで掃除をしているなんて……まさしく聖女の器じゃない!」


 目を輝かせたお嬢様。その子に勢いよく駆け寄り、声をかけられました。

「ごきげんよう!」


 その子供が驚いて振り向いた瞬間、お嬢様はぴたりと足を止め、目を丸くされました。


「え、男の子……?」

 そうです。あどけなさの強い、整ったお顔立ちではありますが、どこからどうみても少年でした。


「き、貴族!? なんでここに……?」

 その子の方も突然現れたお嬢様に戸惑いを隠せない様子。


 気まずそうな職員の説明によれば、この子は高位貴族の妾腹の子。正妻の攻撃から逃れるために、当主の命で孤児院に匿われているのだそうです。家庭教師も密かに派遣されており、再来年の学園入学までここで暮らすとか。

 ……そのような事情の子もいらっしゃるんですね。


 お嬢様は一瞬、残念そうになさいましたが、すぐに持ち直し少年に声をかけられます。


「掃除をしていたの?」


「はい。視察の時は隠れてろって言われたんですけど……。じっとしてると落ち着かなくて。掃除してると、心もきれいになる気がするんです。」


「まあ! なんて立派なの!」

 お嬢様は感動しつつも、先ほどまで聖女発見!と盛り上がっていた熱量を持て余しておられる様子で、複雑な笑みを浮かべておられました。


「では学園でまた会えるわね。楽しみにしているわ!」


「はい!」

 少年の方は嬉しそうに笑い、キラキラした瞳でお嬢様を見上げます。柔らかなオレンジ色の髪はたいへん印象的ですから、再会すれば一目でわかることでしょう。




 その夜。侯爵家のお嬢様の自室にて。


「あ、あったわ! マリー。『弟は領地で療養中』って。実際は孤児院に身を寄せていたのね。これはノートの修正が必要だわ。」


 大奥様からいただいた入学予定者名簿を広げ、今日の出会いを検証なさるお嬢様。

 あの少年は、”たらし枠”とリストアップされていた侯爵家嫡男の弟君だったようです。あの特徴的な髪色が何よりの証拠です。


「でも残念。せっかくのシチュエーションだったのに。男の子じゃ、ヒロインにも聖女にもなれないじゃない……。」


 頬杖をついて、ため息をひとつ。嘆きどころがどこかズレているのは、いつものことです。


「まあまあ。学園で再会したら、先輩として優しく接して差し上げてくださいませ。」


「もちろんよ。いい子だったもの。」


 お嬢様は努めて明るくおっしゃいましたが、大きな未練が透けて見える笑顔でした。




—————————


 やがて時を経て、王立学園で再びリリアーナお嬢様と相まみえた彼。

 ひな鳥が初めて見たものを親と思うがごとく、もしくは子犬が主人に懐くがごとく。リリアーナお嬢様への思慕の念を隠さず、何かと構ってもらいにくるようになりました。

 あの子は“弟枠”だったのね、などとお嬢様がのんびり考えておられた一方で……。

 彼の存在はユリウス様を大層やきもきさせたのは言うまでもございません。

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