闇の悪役令嬢
ある日の午後。
ユリウス様とリリアーナお嬢様は、例の『妄想ノート』を机に広げて顔を寄せ合っておられました。
「ねえ、ユーリ。魔王の封印って、学園の隣にある離宮の地下、とかじゃないかしら?」
「なるほど。だとすると、僕らが通ううちに、誰かがうっかり封印を解いてしまう……そんな展開が考えられるね!」
「そうね! 封印を解く鍵は、王子の“禁断の愛”だったりして!」
……お二人とも、本当に楽しそうでいらっしゃいます。
侍女としては微笑ましい限りですが、侯爵家の婿取り娘と次期当主が真剣に考える内容としては、若干問題がある気もいたします。
現にこのお二人、とある公爵令嬢にその空想癖を面と向かって注意されたばかりなのです。
それも、お嬢様が妄想ノートで勝手に『悪役令嬢』にしたお方、カトリーナ・フォン・ヴァルトハイム公爵令嬢から。
それは王宮で開催された集まりでのことでした。来年は王族が入学する特別な年とあって、混乱回避のために、主要な子息令嬢のみ招かれて事前顔合わせが行われたのです。
当然招待されたお嬢様。名簿で見た方々が目の前に!と大はしゃぎ。
妄想ノートの内容を共有していたユリウス様と「この方は雷属性が似合いそう」「いや氷かも!」などと囁き合い、横で聞いていた令息たちまで巻き込み、好きな魔法の属性談義で盛り上がっておりました。
そこへ──。
「……あなたたち。」
張り詰めた声とともに、カトリーナ嬢が衣擦れの音一つたてずに近づいてこられました。
背筋は糸のように真っすぐ。お美しいお顔立ちなのに、笑みひとつ見せず、場を支配する威厳で溢れています。彼女が現れただけで、周囲が一気に静まり返りました。
「高位貴族としての自覚がないのかしら。」
まるでお人形のような表情の薄いお顔から飛び出たのは容赦のないご発言。リリアーナお嬢様とユリウス様は思わず身を固くされました。……表向きは。
(きたきたきたっ! 悪役令嬢、まさにこれよ!!)
(痺れるなあ! ラスボス感がよく出てる!)
内心は、カトリーナ嬢の登場に大興奮。かの方の叱責を、これほど斜め上から受け止める方は、王国広しといえどもこのお二人ぐらいではないでしょうか。
「王国の将来を背負う立場でありながら、空想にうつつを抜かすなんて恥を知るべきだわ。もっと現実的な勉強をなさるべきではなくて?」
全体へそう苦言を呈した後、カトリーナ嬢はリリアーナお嬢様お一人に矛先を向け、痛烈な言葉の矢を浴びせてきたとか。
「わたくしは将来の王子妃として、殿下を支えるために日々努力を怠りません。それに引き替え、あなたは何ですの? 侯爵家のこれからが思いやられますこと。」
そう言い残して裾を翻し、ツンと顎をあげたまま去って行かれたカトリーナ嬢。
その絵に描いたような“悪役令嬢ムーブ”に気分が昂揚していたお二人はさておき、その場は唖然とし、空気は凍り付いたまま。しばらく誰ひとり声を出せなかったそうです。
「……すまない。あいつは真面目すぎるんだ。」
長い沈黙を破ったのは、第二王子殿下でした。
婚約者の非礼を詫びるため、その場に赴いてくださったのです。
さらに「想像は心を豊かにする。遊びも学びの一つだよ」と言葉を添えてその場のフォローも欠かさなかった殿下。
そのお姿たるや、まさに将来の王国を担うお方らしいお振る舞いだったそうです。ユリウス様は随分感銘を受けられておいででした。
それにしてもカトリーナ嬢のあのありさま。ご列席の子息令嬢方はきっと驚かれた事でしょう。
貴族の間では優秀で王子妃教育に熱心、と好意的な前評判が流されていただけに余計です。
実は使用人界隈では、ヴァルトハイム公爵家の“ご難場”ぶりは囁かれておりました。
ご令嬢の側仕えは心を病む者が多く、中には自ら命を絶った者までいると……。
ただ、ヴァルトハイム家が恐ろしくて誰も大っぴらに口にできません。あの怖いもの知らずのゴシップ誌ですらも、この件にはダンマリです。
王族に近い公爵家の“闇”とはそれだけ恐ろしいものなのです。
さて、側から見れば不愉快な初対面でしかないカトリーナ嬢との邂逅でしたが、当のお嬢様は浮かれたご様子。
ユリウス様と共にノートの『悪役令嬢』の項目にせっせと修正を加えておられました。
「王子とはあくまで政略結婚。お役目にプライドを持たれているタイプだったわね! 嫌がらせよりはヒロインを正論で追い詰める感じだわ。」
「悪役令嬢は闇属性、だな……! じゃあ僕も闇属性で対抗するか。
闇の力が暴走しないように、普段は封印しているんだ。手袋とか、眼帯とかをするのはどうだろう。」
「まあ、それも魅力的ね! どちらがユーリに似合うかしら。」
どちらか、で悩まないでくださいませお嬢様。ユリウス様、どちらも確実に将来の黒歴史になりますよ。
カトリーナ嬢の言ではございませんが、本当にこのお二人にエーデルシュタイン侯爵家の未来を託してよいのやら。
侍女の胸に一抹の不安がよぎった午後なのでした。




