妄想学園ノート
王立学園の入学を翌年に控えたある日。
リリアーナお嬢様の自室へ、いつになく厳しい顔つきの大奥様がお越しになりました。自らお嬢様に手渡されたのは、分厚い封筒。
「これは……?」
封を開くと、几帳面な字で名前が並んでいます。王立学園に入学予定の、主要な貴族家の子女の名簿でした。
「来春から共に学ぶ子たちです。領地の特色や家格、親御様のお役目など、今から覚えておきなさい。備えある者こそが一歩先をゆくのです。」
大奥様はそう言って、お部屋を後にされました。
つまりこれは、学園における『人間関係の地図』。未来の社交を生き抜くための、大奥様流の教材だったのです。
お嬢様は名簿をじっと食い入るように眺め始めました。
「同じ学年に第二王子がいらっしゃるのは知っていたけれど、ご婚約者の公爵令嬢もなのね。
あとは侯爵家ご嫡男、辺境伯のご令嬢、宰相様のお孫様……まあ、騎士団長のご子息まで!」
その声色は、すでにただの確認ではなくなっておりました。
リリアーナお嬢様のいつもの「妄想劇場」が開幕してしまったのです。
「……つまり、この学園は物語の舞台なの!」
お嬢様は突然身を乗り出して、名簿を片手に語り始められました。
「第二王子は聡明にして凛々しく、学園一の人気者。あまたのご令嬢はなんとかその隣の座を射止めようと群がるの。」
「婚約者の公爵令嬢がいらっしゃいますが…。」
「決まっているじゃない! 公爵令嬢は王子を独り占めしたくて嫉妬に駆られ、王子に群がる令嬢達を蹴散らして行くの。いわゆる悪役令嬢ね。」
まるで劇作家のように、名簿に載る人物たちを「登場人物」として配役していかれます。
他家の、しかも格上のお家のご令嬢を勝手に悪役にするとは失礼極まりない所業です。かのお方は…使用人つながりでもあまりいい噂を聞かないとはいえ。
名簿だけを頼りに王子様の側近も勝手に配役、さらにその人物像まで妄想したところで、ふと、お嬢様は名簿の余白を見つめて考え込まれました。
「でも……これでは舞台が整わないわね。肝心のヒロインがいないもの。」
「ヒロイン、でございますか?」
「そう。身分の低い貴族家の庶子。入学直前に引き取られて、やがて聖女の力に目覚めるの!」
あら、主人公はお嬢様ではないのですね。
沢山いる男爵家の子女などはそもそもこの名簿に載っておりませんから、配役できないのでしょう。
しかし、聖女とは…。ファンタジー要素を入れてくるあたりがいかにもお嬢様らしいです。
「光に包まれるヒロイン! 隠された力で魔王を討つ! その過程で王子との仲は急接近! 嫉妬した公爵令嬢は陰でいじめを仕掛けるけれど……最後には真実の愛が勝つのよ!」
お嬢様はペンを走らせ、名簿の余白に「ヒロイン(仮)」と書き込みました。
その下には「魔王出現」「禁断の恋」「友情の絆」と、次々に項目が増えていきます。
もはやこの名簿、実用性など吹き飛んでいます。物語の設定集、とかプロット、と改名した方がいい何かに様変わりしてしまいました。
その夜。
お嬢様は新しいノートを開き、熱心に何かを書き記されていました。
「ふふふ……これは素晴らしい物語になるわ。わたくしも出演しなくては! そうね……聖女を陰から支える“知恵の助言者”役なんてどうかしら。あと、ユーリも加えないと……。」
筆を走らせるたびに頬が紅潮し、寝台に入ったのは夜半を過ぎてから。
翌朝、私がお嬢様の机の上で目にしたのは、『王立学園物語』のノート。
そこには、第二王子と“ヒロイン”の身分差を超える恋模様、魔王討伐の大冒険、そして“嫉妬に燃える公爵令嬢”の悲劇的結末まで、克明に描かれていました。
「……これはこれで、将来本当に起きそうで怖いですね。」
私は小さくため息をつきました。
お嬢様の妄想は、時に不思議なほど現実を先取りすることがあるのですから。
ちなみに後日、このノートをお嬢様から見せられたエリカ嬢は、真剣な様子でページをめくって言いました。
「この設定に付け加えても?」
「“テンプレ”ならこういう役どころも…」と謎の言葉を発しながら、幼馴染、大商人の息子、留学生、など続々と新たな登場人物を挙げていかれます。
「庶民育ちのヒロインを巡る恋の鞘当て……。ヒロインはたくさんの殿方から好意を寄せられ、戸惑い、悩むのです。あ、教師も一人ぐらいいた方が盛り上がりますわね。」
「まぁ! ふふふ…。」
お嬢様と一緒に盛り上がりながら、さらさらとペンを走らせて、エリカ嬢はノートに書き込みを加えていかれました。
その筆跡が、後の学園生活にどれほどの波乱をもたらすか──この時はまだ、誰も知らなかったのです。




