料理人と未知の穀物
「ねえマリー。わたくし“コメ”を食べてみたいの。」
……とうとう出ました。
先日の小さなお茶会でエリカ嬢が語った、あの不思議な世界の主食。白い粒を水で煮て食べるという、聞いたこともない穀物です。
「お嬢様、あれはエリカ様のご想像上の植物です。それに、探しても結局見つからなかったとおっしゃっていました。身近な食材ではなさそうですが。」
「それっぽいものをカミーユに頼んでみるわ。うまく出来たらエリカにも食べさせてあげたいわね。」
はあ、カミーユ…。
わが侯爵家の厨房で働く若手の料理人です。お嬢様の無茶なご注文に全力で応えてくれるため、お嬢様からは絶大な信頼を得ています。
ただ、彼の名を聞けば使用人たちの多くが顔を引きつらせるでしょう。
探求心旺盛といえば聞こえがいいのですが、もはやあれは変人か狂人の域でございます。
例えばかつてお嬢様が物語に出てきた“ドラゴンのシチュー”を所望された時。
物語を読み込んだ彼は、ドラゴンが爬虫類であろうと仮定。庭で捕まえたトカゲを塩茹でにしてその肉質を確かめるという暴挙に出ました。
“妖精の粉を使ったお菓子”が食べたいと言われた時には、あらゆる粉を裏庭に撒き散らし、光にかざして輝きを確かめたり、蝶の羽を引きちぎって鱗粉を観察したりもしておりました。
“スライムの肉”をステーキにして、と言われた時などは、植物園から珍妙な芋を譲り受け、すりおろした上に灰をかけて煮込むという…まるで魔女の儀式のような何かをしていました。
その異常な執念は、厨房仲間ですら「怖い」「狂気じみている」と口を揃えます。ですが、彼の探究心の副産物として、侯爵家には新たな食材や調理法がもたらされているのもまた事実なのです。
当のカミーユはお嬢様の話を聞くと、目を輝かせて言いました。
「未知の穀物……! 想像しただけで血が騒ぎます! 必ず見つけてご覧に入れましょう!」
その日から彼の狂気じみた探求の日々が始まりました。
倉庫から穀物を片っ端から持ち出し、煮ては口に入れ、吐き出しては味を記録。
王都の植物学者を訪ねて質問攻めにしては煙たがられ。
王宮図書館に泊まり込もうとして門番に追い出されたとの噂も耳にしました。
そして数週間後。
夕暮れ時、カミーユが勝利の笑みを浮かべて厨房に飛び込んできました。
「これかもしれない!」
鍵となったのは、以前スライム肉を再現した折に用いた「魔芋」。その原産国の商人から、海の向こう側の小国で細々と栽培される穀物の噂を聞きつけ、植物園を通じて取り寄せる事に成功したとか。
なんとも彼らしい、常軌を逸した執念でした。
入手から調理までさらに数ヶ月。お嬢様の食卓に「コメ(仮)」が供される日が、ついにやって来ました。
そして、待ちに待った試食の日。
蒸籠から立ちのぼる湯気は、ほんのりと香ばしく、わずかに甘い香りが漂います。器に盛られた真っ白な粒は、その一つ一つが輝いて見えました。
「これが……コメね!」
お嬢様は両手を胸に当て、きらきらと目を輝かせます。
そして、匙を取って一口。
「まあ、優しいお味! 噛むとほんのり甘いのね! ……どうかしらエリカ?」
この日のために招かれたエリカ嬢は、おそるおそる白い粒を口に運びました。
「……っ!」
瞬間、彼女の瞳に涙があふれます。
「コメ、本当にお米の味……!懐かしい……、いえ、とても美味しいです。」
初めて食べる穀物のはずなのに『懐かしい』という言葉。
彼女に取って“ニホン”という世界がいかに大切な存在であるかが窺えます。
涙ぐむエリカ嬢に満足そうなお嬢様。カミーユは鼻高々です。
そこからは“ニホン料理”談義に花が咲きました。コメを活用した料理の数々。そしてミソやショーユ、ケチャップやマヨネーズといった初めて聞く調味料。お嬢様もカミーユも、身を乗り出してエリカ嬢のお話に耳を傾けておりました。
———その夜。
「マリーも聞いた? あの時エリカったら、『懐かしい』って言ったの! やはり転生は真実だったんだわ!」
あの時のエリカ嬢の呟きを、しっかり拾ってらっしゃったお嬢様。転生説の確信をさらに深めてしまわれました。
お嬢様とエリカ嬢、お二人の“思い込み力”には、恐れ入るばかりでございます。
一方その頃、カミーユはカミーユで「次はショーユなる調味料を再現してみたい!」と厨房で狂気の炎を燃やしておりました。
このエリカ嬢とカミーユの出会いを契機に、侯爵家の食卓は、さらなる魔改造が繰り広げられていったのでございます。




