同類との邂逅
お披露目会から数日が過ぎました。
傘下の貴族家では、優秀賞を勝ち取った子女の話題で持ちきりです。当事者は家門の星と持ち上げられ、祝宴やお茶会に引っ張りだこだと耳にします。
けれど、侯爵邸の中は、静かな日常が戻っておりました。
リリアーナお嬢様も、いつも通り午前の学問を終え、午後は自室でお茶を召し上がっておられます。
「ねえ、マリー。前のお茶会で不思議な子って周りから言われていたご令嬢がいたでしょう?」
唐突に切り出された言葉に、私はポットを持つ手を止めました。
「……リンデン子爵令嬢のことでございますか?」
強烈に印象に残っておりますとも。
エリカ・フォン・リンデン子爵令嬢。あの場で、『生まれる前は別の世界にいた』という幼い時の空想癖を暴露され、皆から散々に笑われていたご令嬢です。
侯爵家の使用人の間でも、あのリリアーナお嬢様に同類がいた!と密かに盛り上がったほど。
「そう! わたくし、あの子を呼びたいわ。」
お嬢様はきらきらとした瞳で、あの転生のお話を詳しく聞きたい、とおっしゃいますが……。
「お嬢様、ああいうのは黒歴史というのです。
他人の過去を無理やり暴くような行いは感心致しませんよ。」
主家の娘に呼び出され、恥ずかしい過去の話を語らされるなど、エリカ嬢が不憫でなりません。
あの時も、周囲に散々揶揄われて、顔を赤くして俯いておいでだったのではありませんか。
その件には触れないで差し上げるのが優しさというものです。
「でも、気になるのよ!
“馬を使わない荷馬車”とか、“聞いたこともない食べ物”とか! きっと特別なお話だわ!」
夢見るように輝くその瞳。
ああ、このご様子では、止められそうにありません……。私は内心ため息をつきました。
⸻後日。侯爵家の客間。
呼び出しを受けたエリカ嬢は緊張した面持ちで姿を現しました。
「先日は、リリアーナ様にはお恥ずかしいお話をお耳に入れてしまって…。」
開口一番の謝罪。声は震え、小さな肩は強張っています。彼女がこれまでどれだけ社交の場で辛い思いをしてきたか、察するに余りある姿でした。
「恥ずかしいだなんて、とんでもないわ。」
お嬢様はにっこりと微笑みました。
「実はわたくしも、昔は同じようなことをしていたの。今日は、それを伝えたくて呼んだのよ。」
エリカ嬢相手にお話になったのは、お嬢様の武勇伝とも呼べる幼少時代の奇行の数々。
妖精の取り替え子の話を真に受けて、『自分は本当はパン屋の娘だ』と思い込んでパンを焼こうと厨房を粉だらけにしたこと。
物語に出てくる『鍵の魔法』を発動しようとして、庭師の納屋の扉を壊してしまったこと……。
そういえば、そんなこともありましたね。私ども使用人はその度に右往左往したものです。
お嬢様の気取らない告白に、エリカ嬢の強張った表情も緩みはじめました。
「リリアーナ様も……物語がお好きなのですね。」
「ええ。夢中だったの。登場人物になりきって一日中お話をしていたこともあるわ。」
目の前のエリカ嬢には内緒ですが、実はお嬢様は今でも、現役でやっておいでです。
「それでね。もし、お嫌でなければ、あなたの昔のお話を聞かせてもらいたいの……。」
場が温まった所で、お嬢様はとうとう本題を切り出されました。
今まで沢山物語を読んだけれど、“馬を引かない荷馬車”の話に全く心当たりがなくて…と言うお嬢様の言葉に、エリカ嬢はああ、と納得した様子であっさり答えられました。
「それは、わたくしが自分で考えた世界の話だからです。 」
斬新な話だとは思いましたが、まさか彼女自身の創作だったとは。
お嬢様に促され、エリカ嬢はぽつりぽつりと、かつて自分が思いつき、そして浸り込んでいた世界について語りはじめました。
それは、ニホン、という島国。
不思議な道具や機械が人々の生活を便利にしています。“自動車”や“電車”なる鉄の箱が人や物を運び、洗濯や掃除などは道具一つで簡単に済んでしまう。
家の中は、暑い夏には涼しい風が吹き、寒い冬には床が温まります。
みな、手のひらに収まるような光る板を持ち歩き、その板で調べ物をしたり、手紙をやりとりしたり、遠く離れた相手と顔を見せて話す事もできる……。
一つ一つは奇想天外でありながら、どれも世界観として矛盾がなく、一貫性があるのに驚きです。
リリアーナお嬢様の毎度の妄想は、物語やご自身の経験をベースにした、ふんわりとしたご設定なのに対し、エリカ嬢の創作は、それとはまるで質が異なる、確固たる世界創造でありました。
方向性は異なりますが……彼女も筋金入りの妄想癖の持ち主なのでしょう。
「とても素敵なお話ね。あなたには物語を生み出す才能があるわ!」
お嬢様は感心しきりです。エリカ嬢は頬を染め、さらに続けます。
「実は、その世界の食べ物も考えたのです。その国の主食であるコメ、という穀物などを。
そうしたらどうしても食べたくなってしまって…。周りの人達に聞き回ってしまって余計に変な子だと思われてしまいました。」
「世界は広いもの。実は遠い国には似たような食材があるのかもしれないわね。」
お嬢様の言葉に、エリカ嬢の顔がぱっと明るくなりました。
「そうですね。王立学園に行ったら、外国の文化なども調べてみたいです。」
「是非そうしたらいいわ! あなたの考えた世界、わたくしは大好きよ!」
真っ直ぐな肯定に、エリカ嬢の瞳が潤みます。
短いお茶会は、あたたかな空気に包まれて幕を閉じました。
———その夜。
寝台の上でお嬢様は、上機嫌で私に囁かれました。
「ねえマリー。やっぱりエリカは、ニホンからの転生者なのよ。今は隠しているけれど……私、気づいてしまったの。」
「……そうかもしれませんね。」
私は静かに応じます。彼女のお話は、幼い頃の思いつきにしてはあまりにも設定が緻密すぎました。
転生の真偽は別にして、エリカ嬢の心の中で、あの世界はいまでも息づいているに違いありません。
「ですが、周囲に知られれば、また彼女が傷つくことになります。真実は、お嬢様の胸のうちだけに留めて差し上げてくださいませ。」
「もちろん。これは彼女の秘密。わたくしだけが気づいているの……。
はあ、わたくしもいつかニホンに行ってみたいわ。」
夢見るように笑い、お嬢様は眠りにつかれました。
本当に、お嬢様は、いつでも物語の中にいらっしゃるようです。
しかし……お嬢様の最後のお言葉。
長年の経験の勘では……明日の朝にでも、ご自身も転生者だと言い出される流れではないでしょうか。
絶対に面倒なことになる予感が致します。
私は胸の奥がヒヤリと致しました。




