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お披露目会と姉妹の結末

 お披露目会の朝。


 会場へ向かう前、お嬢様は自室の大きな鏡の前で、突如として物語を始められました。


「これで落ちたら、女優の夢は諦めて田舎に帰ろう……。」


 はて、お嬢様の田舎ってどちらにあるのでしょう? 生粋の王都育ちでいらっしゃるはずですが。


 どうやら本日は、役の取れない駆け出し女優が、人生を賭けたオーディションに挑むというご設定のよう。

 憂いを帯びた表情を作り、胸元で拳を握りしめるご様子は、さながら舞台女優です。


「だから、今日の選考会に賭けるの!私のすべてを……。

この演技、この想い……審査員に、どうか届いて!」


 鏡の前で思いの丈を吐露した後は、数歩進んで向きを変え、そして一礼。

「一番、リリアーナ・エーデルシュタインです!!」


 大きな声でのご挨拶。どうやらお嬢様の頭の中ではオーディションが始まった様子。


「特技は、早口言葉です!

魔術師魔術修行中! まじゅちゅし、まじゅじゅしゅぎょちゅう……!まじゅちゅち……まじゅちゅし……!」


 なかなか『魔術師』と言えず涙目になるお姿。舞台女優より滑稽役の芸人のようにも見えてまいります。


……お嬢様、落ち着いてください。

本日は、審査を受ける側ではなく、審査員でございます!


 その場にいる使用人は、誰もが内心思いました。

 でも、これはきっと今日の重圧をほぐす儀式。我々は微笑ましく見守っていたのです。




 侯爵家の大広間は、本日の「お披露目会」のために装いを改められました。

 壇上には布張りの衝立が設えられ、列席者の視線を自然と集める舞台のような空間になっています。


 今日集まったのはお嬢様と同世代の令息令嬢とその親達。侯爵家の重鎮達も聴衆として参加します。

 旦那様が「優秀者には賞を与える」と事前に通知していたため、会場は熱気と緊張に包まれていました。


 ご入場になったお嬢様は、自らピアノを披露された後、旦那様と大奥様の待つ審査員席へと進まれました。


 ここからがお披露目会の本番です。

 順番に名前を呼ばれて、子女たちは壇上へ。

 少年たちは剣舞や詩吟、少女たちは朗読や刺繍、楽器の演奏など、それぞれの「得意なこと」を示していきます。


 そして、いよいよあの姉妹の番になりました。

 先に呼ばれたのは姉君のほう。

 彼女は深呼吸を一つ置いてから、澄んだ声で帝国語の古詩を暗唱いたします。


 難解な語句も滑らかに、節回しも堂々たるもの。終わるや否や、あちこちで小さな感嘆の息が漏れ、続いて拍手が広がりました。


 続く妹君は、額装された刺繍を掲げます。

 可憐な小花の刺繍は、決して下手ではございませんでしたが、他の令嬢と比較して抜きん出る印象もございませんでした。


 全ての参加者の披露が終わり、最後に旦那様と大奥様が立ち上がられました。

 いよいよ優秀者の発表でございます。


 名を呼ばれたのはクラリッサ嬢をはじめ数名。

 演武をしたり、詩を吟じたり、あるいは楽器を奏でたりした子供たちが、今日の栄誉を勝ち取りました。

 広間は惜しみない拍手に包まれます。


 一方で、古詩を見事に暗唱した男爵家の姉君の名は、最後まで告げられませんでした。

 彼女の発表は確かに見事でした。けれども、今回の騒動を招いた罪を看過するわけにはいかない。

 侯爵家の判断は、会場の誰もが理解できるものでした。


 こうして表向きの披露会は閉幕。

 その後、姉妹とその父親である男爵家当主は別室へと呼ばれ、今回の騒動に関する裁定が行われることになりました。




——————


 裁定の場は、まず男爵の深々とした謝罪から始まりました。


「この度は愚女がリリアーナ様に多大なるご無礼を働きました。

 つきましては、長女を勘当いたしますので、どうかお許しを……。」


 父親は、姉君を切り捨てることで事を収めようとしました。


「……それが当主としてのお主の決断なのだな。」

 旦那様は重々しく尋ねられ、頷かれました。

「承知した。では、ここで手続きを済ませよ。」


 その場で除籍の手続きが進められるのを、姉君は神妙な面持ちで受け止めておりました。

 聡明な子ゆえ、こうなる結末を予期していたのでしょう。


 退席を促される姉君に、大奥様が優しく声をかけます。


「あなたの今後の身の振り方については、わたくしに考えがあります。別室で待っていなさい。」


 その声音には温かさがにじんでおりました。

 きっと働き口の世話をしてくださるに違いない。そう思ったのか、妹君は勝ち誇った顔で隣にいた姉君に別れの挨拶を告げます。


「お姉様、どうぞお元気で。せいぜいご立派に働いてくださいまし。」


 この、市井に下る姉を嘲るような発言。裁定の場に似つかわしくないその態度に、場の空気は少々ひりつきましたが、姉君は粛々と場を辞していきました。



 その後、旦那様はおもむろに言葉を放ちました。

「さて。まさか、これで終わりだと思ってはおるまいな。」


 男爵と妹君は目を丸くします。


「なぜ娘を放逐しただけでことが済むと思うのだ。

 一人しか王立学園にやれぬと知りながら、二人に期待を持たせ続けた、その決断の遅さが今回の原因だ。

 当主としての判断を放棄し、リリアーナに選択を押し付けおって……。

 さらに言えば、先日の茶会は学園入学予定者を招いたもの。お主は参加資格のない娘を一人紛れ込ませていたことになる。

 処罰を受けるべきは、お主自身であろう。」


 厳しい叱責に、男爵は肩を震わせ、項垂れました。


 結局、男爵家は“迷惑料”として侯爵家が今回のお披露目会に要した費用を納めることとなりました。

 それは王立学園の卒業までの学費に匹敵する額。

 その後、男爵は金策に奔走しましたが、とうとう娘の進学資金に手をつけざるを得ませんでした。


 こうして勝ち誇っていた妹君もまた、王立学園への進学を断念することとなったのです。




 一方、別室に残された姉君のもとへは、大奥様とリリアーナお嬢様が足を運んでいました。


「就職のお話……でしょうか。」

 姉君がかすれ声で問うと、大奥様はゆるやかに首を振ります。


「いいえ。養女縁組の話ですよ。」


 お嬢様と同年代の子を持たない貴族に声をかけておいたのだと告げられ、姉君は息を呑みました。

 侯爵家からは学費相当の貸付も整えられ、彼女の未来は一気に開けていきます。


「姉の方だけは助けてあげたいの。」

 お嬢様が大奥様に事前に相談し、道を整えていたのでした。



 直訴を働いた姉はもとより、妹だって、その場に居合わせながら身内の不始末を詫びず、逆に身勝手な主張で場を乱したのです。

 もともとは、姉妹のどちらとも王立学園に行かせない、というのが旦那様や大奥様の判断でした。


けれど──


 姉は誇りを胸に、未来を懸けて行動した。

 妹は傲慢に「同学年だから当然選ばれる」と思い込み、姉の努力を嘲笑った。


 お嬢様の目に映ったのは、その差でございました。


 こうして男爵家の姉妹の運命は、真逆の結末を迎えることになったのです。

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