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今日のお嬢様は記憶喪失

 朝の陽ざしがやわらかく室内に差し込み、初夏の爽やかな風が天蓋のカーテンを軽やかに揺らしていました。

 ここはエーデルシュタイン侯爵邸。私、マリーが侍女としてお仕えするお嬢様の寝室です。


 御年11歳になられた当家の一人娘、リリアーナお嬢様は、“完璧な侯爵令嬢“と称えられるお方。

 ですが、ご自宅では少々、妄想が暴走……いえ、想像力豊かにお過ごしになっておられます。


 そして今朝も、お嬢様のお気持ちは物語の中。

 お目覚めの声がけをいたしましたが、寝台に横たわったまま、ぼんやりと虚空を見つめておられます。


「……知らない天井だわ。」


「いかがなさいました?」


「わたくし……名前は何だったかしら?

 ここは……どこ?」


 なるほど。本日は記憶喪失でいらっしゃる。

 何度目かの経験なのでもう驚きはいたしません。

 私はお嬢様の台詞に合わせながらお支度を進めていきました。


「つまり、わたくしは侯爵令嬢なのね。

…では襲撃にあった、というところかしら。」


「お屋敷に賊が入ったとの報告はございませんよ。」


 強いて言えば、昨日は『怪盗少女』と名乗る方の手で、邸内に予告状がばらまかれました。


「…じゃあ、魔女の呪いよ!

それなら遠くからでも攻撃できるもの。」


 お嬢様の想像はどんどん膨らみ、物語はさらに壮大になっていきます。


「我が家には、代々王家より密命が下されているの。

闇に巣食う悪魔を人知れず成敗せよ、と。

 わたくしはそろそろ覚醒を迎える年齢……魔女たちはそれを恐れて、わたくしの記憶を封じたのよ!」


 由緒正しきお家に、オカルト風味の裏設定。

 お嬢様は悪魔との決戦に備えて身支度を整えられることにしました。


 選ばれたのは普段からお気に入りのドレス。

 あしらわれた刺繍は、今日に限り『悪魔除けの紋章』という事になっております。

 髪を彩るリボンは、”マジックアイテム”。希少な妖精の羽で出来ており、結界を張れるそうです。

 ポケットには“身代わり人形“を忍ばせて、身支度完了でございます。


「でも、守りばかりでは戦えなくてよ。

 武器は……そう、このステッキ!」


「お勉強用具を武器に見立てては、先生に叱られますよ。」


 ペンをブンブンと振り回されるお嬢様を私は慌ててお止めします。なにせ、本日は帝国語のレッスンの日でございますから。

 帝国語の家庭教師クラウディア先生は、とにかくお厳しい方。歴代の教え子の間では”氷の淑女”と囁かれているとか。その冷たい眼差しに晒されれば騎士団長ですら背筋が凍ると噂されております。


──コン、コン。


 噂をすれば影。クラウディア先生の来訪を告げられたお嬢様は、背筋をピンと伸ばし、勇ましく宣言なさいました。


「今いくわ。

 わたくしは……魔女なんかに負けない!」


 その表情たるや、決戦に臨む戦乙女。

 いつもお屋敷外で見せている”模範的令嬢”の仮面をまとい、決戦へ、いえ、先生の待つお部屋へと赴かれたのでございました。




──そして授業後。


「だから記憶がないって言ったじゃない…。もう、全部魔女のせいよ……!」


「お嬢様、お手が止まっております。」


 哀れ、戦乙女は魔女に手痛い敗北を喫したご様子。小テストの結果は散々で、机にはクラウディア先生からの”愛の鞭”である課題が山と積まれています。

 涙目でペンを握るお嬢様の真の敵は、”魔女”ことクラウディア先生ではなく、難解極まる帝国語の文法でしょうね。



 …そもそも。

 帝国後の小テストの日に記憶喪失になるなんて。

 試験結果を言い訳する為であろう事くらい、このマリーにはお見通しでございますよ。


 しっかりお励みになってくださいませ、お嬢様。

物語の”ヒロイン”は試練を経てこそ、成長するのでございますから。

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