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後日談1 小さな偏食家と黄金のハンバーグ

非常に多くの方にお読みいただけて、とても嬉しかったです。

100万viewを超えたので、そのお礼として、2話、後日談を書きました。

ぜひ、2話ともお楽しみください。

あの日、カインに小さな赤ちゃんの靴下を贈り、新しい命の宿りを告げてから、二つの季節が穏やかに巡った。


「タンタ」と名付けた息子は二歳になった。

侯爵夫人と料理長グランの協力を得て作り上げた栄養満点の離乳食のおかげで、タンタは病一つせず、すくすくと、まるで春の草木が芽吹くように健やかに成長した。彼の健康な体と、庭中を駆け回る元気いっぱいの笑顔を見るたびに、私の胸は温かさに満たされる。


しかし、そんな私の唯一の悩みは、タンタが、ある日を境に、野菜を食べなくなってしまったことだった。


「いや! にんじんさん、きらいなの!」


食卓に、丁寧に刻んだ虹色ニンジンやカブナを並べても、タンタは、まるでそれが石ころであるかのように見向きもせず、器に盛られた肉料理だけを夢中で口に運んだ。口の周りをべとべとにして、幸せそうに「おいしー!」と叫ぶ。その姿は愛おしいが、彼の皿に残された色とりどりの野菜を見るたびに、私は胸が締め付けられた。


「タンタ。お野菜も、食べないと大きくなれないわよ」


私がそう言って、スプーンで差し出しても、彼は、ぷいっと顔をそむける。その小さな拒絶の仕草が、私の心を深く抉った。


「僕が子供の頃は、好き嫌いなんてなかったんだがな……」


カインも、困ったように眉を下げている。その声には、少しだけ、父親としての焦りがにじんでいた。


(どうすれば、タンタは、お野菜を食べてくれるんだろう……)


私は、毎晩、タンタの栄養バランスを考え、一人、頭を悩ませていた。


そんなある日、私は、前世の記憶を、ふと思い出した。


「ハンバーグ……そうだわ! ハンバーグがあるじゃない!」


ひき肉の中に、細かく刻んだ野菜を混ぜ込んで、気づかれないように食べさせる。これは、前世の日本の母親たちが、子供の偏食対策でよく用いていた、まさに魔法のような料理だ。


(よし、決めたわ。明日、ハンバーグを作って、タンタを驚かせてあげよう)


私は、カインにタンタのことを任せ、急いで王都の店へと向かった。


閉店後の厨房は、静まり返っている。私は、この世界の食材で、ハンバーグを再現するための、最適な素材を探し始めた。


まず、主役となるひき肉。前世のハンバーグは、牛肉と豚肉の合いびき肉が一般的だったが、この世界では、牛肉は非常に高価だ。そこで私は、店の看板メニュー『黄金のコロッケ』にも使われている、安価なレッドボアの端切れ肉をひき肉にすることにした。


この肉は、筋や骨が多く、そのままでは硬くて食べにくいが、丁寧に下処理を行い、筋を断ち切るように細かく叩けば、ロース肉にも劣らない旨味を持つ上質なひき肉となることを、私は身をもって知っている。


次に、玉ねぎ。これは、ルタオニオンがある。ラーナ油でじっくりと加熱することで辛味成分が糖に変化し、驚くほどの甘みとコクが出る、ハンバーグのつなぎには、最高の食材だ。


そして、つなぎのパン粉。この世界には、家畜の餌にされることが多いカチカチに硬くなった黒パンがある。細かく砕くことで、揚げ物の衣として使用可能なこのパンを、牛乳の代わりにヤギの乳で湿らせれば、代用は効く。


最後に、タンタに食べさせたい野菜。ニンジンに似た虹色ニンジン、ほうれん草に似たテツナ、そして、苦みのあるカブナ。これらを、とにかく細かく、細かく、みじん切りにする。


私は、厳選した食材をテーブルに並べ、腕まくりをして、ハンバーグ作りを開始した。



まず、野菜の下ごしらえからだ。ルタオニオン、虹色ニンジン、テツナ、カブナ。四種類の野菜を、これでもかというほど細かく、みじん切りにしていく。

その作業は、とても根気のいるものだった。タンタに、野菜だと気づかれないように。その一心で、私は、包丁を動かし続けた。まな板に響く、トントン、という小気味よい音が、私の決意を静かに物語っていた。


次に、肉の準備。ボアの端切れ肉を、まな板の上に広げる。筋や骨が多いこの肉は、普通なら捨てられる部分だ。私は、小さなナイフを使って、丁寧に筋を取り除いていく。

そして、大きな包丁を二本手に取り、リズミカルに、トントントン、と叩き始めた。肉の繊維が崩れ、粘りが出てくるまで、ひたすらに叩き続ける。腕が悲鳴を上げ始めたが、愛する息子の笑顔を思い浮かべ、さらに力を込めた。


肉の準備が終わると、いよいよ、すべての材料を混ぜ合わせる。大きなボウルの中に、叩き終えたひき肉を入れる。そこに、さきほどみじん切りにした、色とりどりの野菜たちを、たっぷりと加える。ラーナ油で、飴色になるまでじっくりと炒めたルタオニオンも、惜しみなく入れる。


そして、砕いた黒パンを、ヤギの乳で湿らせたものを入れる。最後に、塩とピペリの実、そして、風味付けに、庭で育てたハーブ『太陽の葉』を細かく刻んで加える。


全ての材料がボウルの中に収まると、私は、両手を突っ込み、ひたすらに、混ぜ始めた。


(美味しくなあれ、美味しくなあれ……)


粘りが出るまで、根気よく、混ぜる、混ぜる、混ぜる。

この工程が、ハンバーグのジューシーさを決める。私の腕は、また悲鳴を上げ始めたが、ここでやめるわけにはいかない。今生で、何度も、家族のために、お客様のために、美味しい料理を作ってきた、料理人としての誇りが、私を動かしていた。


やがて、全ての材料が、私の手のひらで、完璧に一体となった。それを、タンタの小さな口に合うように、可愛らしい小判型に、一つずつ成形していく。「ふふ、これで、タンタも、お野菜を食べてくれるかな」私は、出来上がったタネを、満足げに眺めていた。



その日の夕食の食卓には、いつものように、色とりどりの料理が並んでいた。そして、その中央に、私にとって、運命の一皿が置かれた。ふっくらと、こんがり焼かれた、小さな小判型の塊が、三つ。それは、まるで、黄金に輝く宝石のようだった。


「わあ! なにこれ、かか!」


タンタは、その一皿を見て、目をキラキラと輝かせた。カインも、「なんだい、ユーユ。見慣れない料理だが、とても美味しそうだ!」と、興味津々な様子だ。


私は、にっこり笑って、タンタに、フォークを差し出した。


「さあ、タンタ。これ、お母さんの、特別な料理よ」


タンタは、迷うことなく、フォークを手に取ると、その小さな塊に、勢いよく突き刺した。そして、大きく、一口。


パクッ……!


外側の香ばしい焼き色の層を破り、タンタの口の中に、熱々の、柔らかい塊が、ふわりと広がっていく。その瞬間、タンタの顔が、ぱあっと、花が咲いたように明るくなった。


「おいひい!」


彼は、小さな口いっぱいにハンバーグを頬張り、夢中で、もう一口、もう一口と、食べ始めた。


「タンタ、そんなに慌てて食べると、喉に詰まるわよ」


私が慌てて声をかけるのも聞かず、タンタは、夢中でハンバーグを食べている。


その様子を見ていたカインも、自分の分を、一口食べた。次の瞬間、彼の顔が、驚きに、これ以上ないというほど、大きく見開かれた。


「……っ! なんだこれは、ユーユ! 信じられない……!」


彼は、目を丸くして、叫んだ。


「この肉の、濃厚な旨み! そして、この中に、野菜の優しい甘みが、完璧に溶け込んでいる……! まるで、それぞれの素材が、最高の形で出会ったかのようだ!」


私は、思わず、クスリと笑ってしまった 。


「ふふ。それは、野菜の力を、私が引き出したからよ。タンタが、喜んで食べてくれるように、魔法をかけておいたの」


カインは、再びハンバーグを一口食べる。そして、静かに、目をつぶった。


「……これは、ただの料理ではないな。これには、人の心を幸せにする、温かい力がある」


彼は、そう言って、私を、心からの愛しさを込めた瞳で見つめた。


その夜の食卓は、タンタの「おいひい!」という声と、カインの「もう一口……」という声で、いつになく賑やかだった。



タンタのために作ったハンバーグは、あまりにも完成度が高かった。カインは、その味に、心底、感動していた。


「ユーユ。このハンバーグという料理は、本当に素晴らしい。こんな素晴らしい料理を、タンタだけのものにしておくのは、もったいない!」


彼は、そう言って、その日のうちに、侯爵邸の料理長グランを、我が家へと招いた。


グラン料理長は、私の作ったハンバーグを、一口食べた瞬間、その顔に、私が見慣れた、驚愕と感動の表情を浮かべた。


「ゆ、ユーユ様……!これは……!なんという、完璧な料理でしょうか……!」


彼は、言葉を失っていた。


「この、野菜の優しい甘みと、肉の力強い旨み……!まるで、お二人の愛が、そのまま料理になったかのようです……!」


グラン料理長は、そう言って、深々と頭を下げた。


そして、カインは、グラン料理長に、こう提案した。


「グラン料理長。このハンバーグを、侯爵邸の食卓に並べてはいただけませんか? そして、この料理を、領都に広めてほしいのです」


「は、はい! もちろんでございます! 私が、責任を持って、この料理を、領都の食卓に、広めてみせます!」


その日から、私のハンバーグは、侯爵邸の食卓に、そして、領都の貴族たちの食卓へと、広がっていった。そして、その噂は、瞬く間に、王都にも広まった。


「『旅人の食卓』の料理人が作った、新しい料理が、とんでもなく美味いらしい!」


「あれは、子供から大人まで、誰もが夢中になる、魔法の料理だ!」


王都の貴族たちは、私に、その料理のレシピを教えてくれと、侯爵邸に押し寄せてきた。


(これは……チャンスだわ!)


私は、ただ、レシピを教えるだけでは、この世界に、本当の意味での革命は起きないことを知っている。私は、カインとグラン料理長に、一つの提案をした。


「このハンバーグを、新しいメニューとして、『旅人の食卓』でも、提供しましょう」


「お店で……!?」


二人は、驚いて、私を見つめた。


「ええ。そして、もう一つ、提案があります」


私は、にっこり笑って、言った。


「『黄金のコロッケ』と、このハンバーグを、両方一緒に楽しめる、特別なプレートを、作りましょう。メニュー名は、そうね……『旅人の食卓特製、黄金ミックスプレート』なんて、どうかしら?」


私の提案に、二人は、目をキラキラと輝かせた。


「それは、素晴らしいアイデアだ、ユーユ!」


「まさに、我が店の、新しい看板メニューになりますな!」



それから、一週間後。「旅人の食卓」の前に、新しい看板が掲げられた。『本日のおすすめ:旅人の食卓特製、黄金ミックスプレート』


開店と同時に、店の前には、大勢の客が、長蛇の列を作っていた。


「おう、噂のハンバーグってやつか!」


「コロッケとハンバーグが、両方食べられるなんて、最高じゃないか!」


客たちは、新しいメニューに、興味津々だ。


私は、カインとグラン料理長と共に、厨房に立っていた。


「さあ、みんな! 始めるわよ!」


私の号令に、厨房の全員が、一斉に動き始めた。私は、ひたすらに、ハンバーグのタネを作り続ける。グラン料理長は、私の横で、その完璧な手つきと、無駄のない動きを、真剣な眼差しで見つめている。


一方、カインは、厨房の入り口からその様子を静かに見守っていた。彼の役割は、料理をすることではない。経営の総責任者として、客の入りや店の雰囲気に気を配り、不測の事態に備えることだ。しかし、愛する妻が真剣に料理と向き合う姿から、彼は一瞬も目を離すことができなかった。


「それにしても、ユーユの料理には、本当に惚れ惚れするな……」


彼は、独り言のように呟き、熱い視線を私に送っていた。


そして、いよいよ、焼きの工程へ。熱された鉄板の上に、ハンバーグのタネを、一つずつ、丁寧に並べていく。


ジュワアアアア!


という心地よい音と共に、香ばしい匂いが立ち上った。ハンバーグの表面に、美しい焼き色がつき始めたところで、水を少しだけ加え、蓋をする。この工程が、肉汁を閉じ込め、中までふっくらと火を通すための、重要なコツだ。


数分後。蓋を開けると、ハンバーグは、ふっくらと膨らみ、食欲をそそる、完璧な姿になっていた。


「お待たせいたしました! 旅人の食卓特製、黄金ミックスプレートです!」


私は、自信に満ちた笑顔で、客の前に、その一皿を置いた。皿の上には、きつね色に揚がった『黄金のコロッケ』と、香ばしい焼き色のついた『黄金ハンバーグ』が、仲良く並んでいる。


客は、まず、コロッケを一口。サクッという心地よい音と共に、中の甘いタネが、口の中に広がる。次に、ハンバーグを一口。熱々の肉汁が、じゅわっと溢れ出し、濃厚な旨みが、舌の上で大爆発を起こす。


「うめええええええええええっ!!!」


店のあちこちで、驚きと感動の声が、次々と上がった。「なんだこれ! コロッケも美味いが、このハンバーグは、それ以上の衝撃だ!」「肉も野菜も、両方入っているなんて、栄養満点じゃないか!」「一口食べたら、もう止まらない……!これは、二つの宝石が、一つになったような、奇跡のプレートだ!」


客たちの絶賛の声が、厨房まで響き渡る。作っても、作っても、注文は止まらない。その日の営業は、開店以来、最高の売り上げを記録した。『黄金のコロッケ』と『黄金ハンバーグ』。二つの黄金の料理は、『旅人の食卓特製、黄金ミックスプレート』という新しい看板メニューとして、この店の歴史に、燦然と、その名を刻んだ。


夜、全ての客が帰り、静まり返った店内で、私は、カインと、二人で、その日の売り上げを数えていた。積み上げられた硬貨の山を前に、私は、カインの顔を、幸せそうに見つめた。


「ふふ、これで、タンタは、一生、お野菜食べるのに困らないわね」


カインは、私の手を取り、優しく、キスをした。


「ああ。それに、もう、僕の知るどんな料理よりも、美味しいハンバーグを食べられるんだ。タンタは、この世界で一番、幸せな子供だな」


私の料理は、私の人生を、そして、私の大切な人たちの人生を、豊かにしてくれた。孤独だった前世の人生では、想像もできなかった、温かくて、穏やかで、そして、美味しい幸せが、今、私の手の中にあった。この幸せを、私は、もう、絶対に、手放さない。愛する夫と、可愛い息子。そして、新しい家族が、もう一人。私の人生は、これからも、美味しい料理と共に、続いていく。

ご一読いただきありがとうございます!

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