遊楼可丹<ゆうろうかたん>エピソード03 これが僕の術式展開
視点:リアム
「明日はパーティメンバーと共にダンジョンに挑んでもらうわ」
いつもの日記を書いていると急にお師匠さまがそうおっしゃった。
「あの、僕はまだ物理干渉ができていないのですが・・・」
僕はまだ物理的な干渉ができていない。
それはお師匠さまもご存じのはずなのになぜ?
「あなたはもう物理干渉を得られるほどの深度まで深められているの。あとはその切っ掛けがさえあればすぐにでもできるわ」
そう・・・なのでしょうか。
お師匠さまがおっしゃるのであれば間違いはないと思うのですが不安は消えません。
「不安に思う気持ちは分かるわ。だからおまじないを掛けてあげる」
カツカツと音を立てて近づいて僕の前でお師匠さまが立ち止まる。
「目を瞑っていてね」
言われた通り目を瞑ります。
「・・・ふう。小さな子と言えど少し恥ずかしいわね」
え? そう思って目を開こうとするとお師匠さまの香りに包まれました。
「え、ええ?」
「目を開けたらだめよ。いいから目を閉じて深呼吸しなさい」
「は、はいぃぃ」
い、いい匂いがするーーー!!
でもいまはお師匠さまの言われたとおりにしなきゃ。
「すうぅぅぅ。はあぁぁぁぁ」
「いい子ね。そのまま良いというまで続けて」
何度か深呼吸をしているうちに少しずつ慣れていきました。
そうすると今度はお師匠さまの柔らかな感触がーーー。
「ほら、また動機が激しくなってきたわ。もう少し深呼吸して落ち着きましょうね」
む、むりです! と言いたいのですが、とてもそんなこと言える雰囲気ではありません。
必死になって落ち着けるように心を無にして深呼吸を続けました。
「よく聞きなさい」
「はい」
『あなたは孤独を知った。悩みを打ち明ける恐怖も知った。焦りも悲しみも、涙も流した。
それでも前を向いて人を、仲間を信じることができた。
だから誰より近くで悲しみに手を差し出すことができる。
誰よりもその人の辛さを理解してあげられる。
それがあなたが経験してきた糧であり、力になるわ。
いまを認めなさい。
そこがあなたの立ちたいと思える原点となるわ。
でもね。あなた自身を蔑ろにしてはだめよ』
「はい、僕もそうあれるようになりたいです」
「やっぱりあなたはいい子ね」
お師匠さまは少し身体を離して頭を撫でてくれました。
「どうしても困ったときは原点を思い出しなさい」
「分かりました」
こうして僕はお師匠さまからの激励を胸に仲間たちとダンジョンに潜ることになった。
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「リアム! これ以上は持たない撤退だ!!」
「リアム、お願いだから逃げて!」
「みんなこそ早く逃げて! ここは僕が抑えるから!!」
ダンジョンは悪意に満ちている。
知っていたのに。知っていたつもりだったのに・・・。
最初は順調に進むことができた。
成長した僕の魔導もみんなの助けになっていると実感できた。
だけどーーー僕たちが想像していた以上にダンジョンは悪意の塊だったんだ。
少しずつ傷が増えていった。
疲れてきた。
ふとした瞬間に仲間が大きな怪我を負ってしまった。
ダンジョンはまるで意思があるように僕たちを攻め立ててきた。
普段より少し多い程度のモンスター。
普段より少し湿った地面。
普段より少し暗く感じた空間。
そういった少しが重なった結果がいまだ。
僕も仲間も、もう限界が近い。
だから最後の力を振り絞って僕は吠える。
「僕はここだ! お前たちの相手は僕だ!」
叫ぶのも辛いが声を張る。
少しでも仲間を護るために。
「僕が・・・僕は仲間を護るために此処に居る!!!」
仲間を悲しませるモンスターから、全てから護るんだ!!!
「リアムだめ!」
「リアムゥゥゥゥ」
僕が何としても皆を守るから。
「お前が居なくなるなんて嫌だぞ! お前が!!!」
「リアム! リアムぅぅぅ!! 帰ろうよ・・・一緒に帰ろうよ!」
ーーーごめん。
お師匠さまもごめんなさい。信じてくれたのにーーー。
悲しんでくれるかな。
お師匠さまは優しいから、きっとみんなのことも何とかしてくれるはずだよね。
いまなら自分を褒めてあげられるかな?
みんなを守れるように頑張ったんだぞって。
怖いモンスターにだって立ち向かえるようになったんだぞって。
最後になっちゃうけれど。
僕は良くやったって僕を褒めてあげたいよ。
だから最後までみんなを守れる力を!
『 これが僕の最後の術式展開だ 』
僕の胸元に魔力が集まる。
その中に一瞬の”白い花びら”が舞った。
リアム、あなたを含めた全員で帰ってくるんですよ。
わたしの可愛い弟子。
ーーーそう、やっと花が開くのね。