第三章|隊員の死と反撃判断
0931時 JST/〈いせ〉第2弾薬庫付近通路
熱風が金属壁を舐めるように吹き荒れていた。艦内温度はすでに摂氏70度近く。赤外線センサーはエラーを起こし、サーモグラフィには白く焼ける人影が映っていた。
「火点、左側隔壁下層! 照明、見えない! クーリングライン、止まってるぞ!」
DC班長・黒田伍長は火点に最も近かった若手隊員、秋田3曹に向かって叫んだ。
「秋田、CO₂ホース、まわせ!」
しかし応答はなかった。
「秋田!?」
爆風と共に、パネルが破裂。内圧に耐えかねたエネルギー遮断装置が、逆流する形で炸裂したのだ。その瞬間、秋田の顔面がフード越しに朱に染まり、身体が弧を描いて通路後方へ飛ばされた。
「秋田!!」
黒田は叫びながら駆け寄る。しかし、隊員が持っていたCO₂タンクごと破裂しており、胸郭は潰れ、ヘルメットの内側には脳漿が飛び散っていた。
「戦死……DC班、1名戦死!! 位置、弾薬庫前通路! 残存火点、後方隔壁に延焼中!!」
報告は応急指揮所にリアルタイムで伝えられたが、それは“数字”として地図に記録されるだけだった。
0935時/艦橋
「艦長、秋田3曹、戦死との報告……」
山之内二佐は、何も言わなかった。
その代わり、周囲の空気が変わった。
「副長」
「はい」
「このままでは、沈む」
「……」
「敵は正体不明、交戦法規にも明確な対象記載なし。だが、我々はやられた。火器によらず、法にもよらず、殺された。これは、戦闘だ」
「しかし、艦長——反撃対象は?」
山之内は、レーダー端に映る1点を指差した。
「接近中の第2群。AISオフ、航跡不定。完全に先のスウォームと一致する挙動だ。識別に必要な時間は、我々にはもうない」
岸井副長は、口を引き結んだ。
「了解。主砲手動管制に切り替え。照準点、敵接近群中軸。徹甲榴弾で構え」
「副長、射撃に技術官の確認を?」
「いいや、これはもはや技術ではない。これは、艦を維持するための“戦術判断”だ」
0937時/主砲管制室
「127mm砲、徹甲榴弾装填完了。偏差計算、ローカル座標で代用。レーザー距離測定、機能せず。視覚照準に移行」
火器管制士の渡辺2曹は、震える指で目視カメラの倍率を上げた。波間に見える影——布のようなものを翻しながら、無音で滑る小さな物体。
「目標捕捉。全砲、斉射準備。3、2、1——発射!」
ドォォォォン!!
艦が軽く震えた。次弾、装填。
着弾地点、破片飛散。1隻、転覆。2隻、停止。だが、海面にはまだ10を超える点があった。
「副長、撃ち続けますか?」
「当然だ。撃てる限り、撃ち続けろ」
0942時/艦橋後方 観測デッキ
山之内は、秋田3曹の遺体が担架で搬送されていくのを遠目に見ていた。その傍ら、田所副士長がヘルメットを抱えて直立していた。
「艦長、彼は……最後まで、火を止めようとしていました。あんな火は、見たことがない。まるで、艦そのものが怒ってるような……」
「田所、彼の名前を記録に残せ。艦が記憶するように」
「……はい」
その夜、〈いせ〉艦内の記録メモリには、火災により失われた区画の記録に重ねて、ひとつの手書きの文字列が追加された。
【秋田 翔伍曹、戦死:第2弾薬区画・機関熱延焼】
【技術補記】
反撃の正当性問題:敵が正規軍でなく識別不能な場合、自衛隊の交戦法規は厳しく制限される。しかし、隊員が被害を受けた場合は「艦の自己防衛措置」として反撃が正当化される可能性がある。
127mm砲の人力制御:CIWSの自動運用が機能不全の場合、艦の127mm主砲は照準器・視認・射角角度制御をすべて人力と簡易計算で対応せねばならず、精度は大幅に低下する。
AISオフ船舶と疑似スウォーム:商船AISオフ・無線沈黙・航跡パターンの一致などにより、判別時間ゼロでの射撃判断は極めてハイリスクだが、戦術上は必要とされる。