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第二章|応急処置と通信喪失

0922時 JST/〈いせ〉第3機関区画前通路/艦内DC班移動中


「遮断弁、作動不良! 電動バルブが…っ、電源死んでる!」


先任伍長・黒田が、船体側壁に設置された緊急パネルを叩いた。だが電力は落ち、中央配電からのフィードバックはゼロだった。隔壁シール用の油圧ラインも遮断。機関室には既に重油が溢れ始め、艦内の空気が重く油臭く変わる。


「手動に切り替える。おい、田所、後部電源遮断して送風機止めろ! 火花で引火するぞ!」


副士長・田所が即座に走る。手動隔壁操作を補助するクランクを回す音が艦内に響き、そのわずかな音の裏で、金属の「軋み」が船体の奥から聞こえてきた。


「第3区画、応急隔壁閉鎖完了。喫水バランス…左15度へ移行中。バラスト移送開始しますか?」


「ダメだ、バラスト制御が死んでる。偏舷は許容範囲内だ。まず火災を止めろ」


黒田の声が異様に冷静だった。


0924時/艦橋副通信室


通信士・中根三曹は、HF/SHFのメイン通信機から連続的なリンク信号を送っていた。防衛指令群第4護衛隊群・横須賀群司令部宛——だが返答は一切ない。


「外部通信、全域で沈黙。SATCOM断線。電波封殺の可能性あり。電子妨害か、指向性パルス——」


「チャフか…」副長・岸井一佐が唸る。「無人艇にそこまで搭載できるのか?」


「AIアクティブデコイをばら撒いてきたか、あるいは第2波の電子戦ドローンが背後にいる可能性」


「…我々は、孤立したか」


会話の間にも艦橋前方には、複数の黒煙が立ち上っていた。他艦の無線も途絶。僚艦〈むらさめ〉の姿は、もはや海霧に隠れて視認できなかった。


0926時/後部格納庫下層:応急指揮所(DC Central)


主DC担当の松村准尉が、艦全体の被害状況をプロットしていた。ホワイトボードの図面上には、赤で塗り潰された区画が6つ。火災、浸水、弾薬二次爆発の可能性——全てが重なる区域に、艦の電力心臓部である発電タービン制御中枢が含まれていた。


「これは…次に爆発したら、艦が“動かない”だけじゃなく、“喋れない”まま死ぬことになります」


「予備電源は?」


「AUX発電機1号がまだ生きてます。だが、操舵補助と消火ポンプ、どちらかしか持ちません」


「……判断を上に仰げる状況じゃないな。艦長判断で分配だ」


松村は短く頷き、操作盤のスイッチを「消火ポンプ」に入れた。


0928時/艦橋


「艦長、通信完全断絶。レーダーにも僚艦反応なし。現在、〈いせ〉単独行動状態です」


山之内二佐は無言で海図を見つめていた。海上には白波、そして漂う漁船破片。現場は、既に“海戦”という言葉を失った“沈黙の空域”になりつつあった。


「……自衛隊は、情報なき海で、誰を守れるのか?」


副長・岸井が一歩前に出た。


「艦長、攻撃は終わっていません。第一波が自爆で、第二波が来るなら、それは“情報遮断下での殲滅”です」


山之内は小さく息を吸い、言葉を絞った。


「いいだろう。〈いせ〉は、最終自己戦闘フェーズに移行する」


「了解。CIWS弾帯の手動再装填を開始します。残弾、あと1800発」


「……足りんな。だがやるしかない」

【補足:技術的背景】

通信断絶要因:SATCOM衛星とのリンクは電磁波妨害(jamming)や、ドローン由来の高出力EMP(電磁パルス)で沈黙する。現場海域に対艦ミサイルはないが、電磁的攻撃ドローンは小型艇に搭載可能。


艦内被害制御(DC):海自護衛艦では、火災や浸水の際、艦内独立回路を持つ応急指揮所がDC班(損害制御班)を指揮。メイン電源喪失時、AUX(補助)発電機で生死が分かれる。


バラスト操作不能と喫水変化:艦の左右で浸水が異なるとバランスが崩れ、海面上の射界や航行安定性が著しく損なわれる。



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