第一章:「点、そして波」
0904時 JST/東シナ海某所/護衛艦〈いせ〉艦橋
「艦長、正面60度方向、距離8000メートルにて波形異常。航跡多数です。フレア反応なし」
当直士官・古賀一尉の声は、わずかに震えていた。海面をスキャンするXバンドレーダーの解析画面には、既知の商船AISとも、漁船群とも一致しない多数の点が散在していた。
「数は?」
「確認できたもので42。すべて喫水浅。速度12ノットで漸進中」
「識別標識は?」
「…ありません。自律運航型の可能性があります。照合不能」
艦長・山之内二佐は目を細め、表示板を覗き込んだ。画面上では、大小入り乱れた小波の陰に、人工的に生成された「商船航跡風」の動線が浮かび上がっている。
「CIWS、自動警戒モードに入れ。火器管制オフラインで初期対応、主砲は人力指向で備え。護衛艦〈むらさめ〉とリンクを要請」
「艦長、主砲?対象が小型艇では、127mmでは射撃分解能が…」
「それでもやるしかない。あれは——誘導されている」
0912時/〈いせ〉艦体前方約6000m
光学センサーの望遠映像に映し出されたのは、朽ちかけたFRP製の漁船型船体。甲板上には粗末な遮蔽布、その下にむき出しの金属板と何かのコンデンサ。やがて、40を超える船影は二手に分かれ、波頭を滑るように接近を始めた。
0915時:交戦開始
「CIWS起動、パラメータ範囲外です。AI制御モード、未適合対象」
「手動制御に切り替えろ。3番砲、射界合わせ!」
艦内に衝撃音。主砲が怒号のような初弾を吐き出す。着弾。だが、1隻を破砕したその衝撃が残る間に、3隻が、別方向から突入していた。
「速い…! 回避進路に移行、右舷25度旋回!」
「間に合いません、接近速度20ノット突破!」
甲板から爆発音。対潜ヘリが繋留された甲板が盛り上がり、次いで艦橋後方から白煙。CIWSの旋回速度では、群れの同時突入には対応できない。アルゴリズムが各個目標に注力する間に、残存個体が次々と命中する。
「浸水警報、機関室第1区画。右舷燃料タンク破損。火災警報、弾薬庫に延焼懸念!」
0919時:沈黙の始まり
艦体が左に傾く。警報灯が船内を赤く染め、蒸気の混ざる煙が消火装置を狂わせた。DC(Damage Control:被害管制)班が、消火器と強制隔壁を駆使して抵抗するが、損傷は局所にとどまらない。すでに艦の中核たる発電系統が破壊されつつあった。
「艦長、自己防衛限界です。艦橋移送、指揮権は予備司令塔へ」
山之内は短く頷いた。
「…現代の海戦は、爆音も砲撃も、マッハのミサイルでもなかったな。白波の中に、死が滑り込む時代だ」
技術メモ(読者向け補足)
スウォーム攻撃:低価格の無人艇を多数同時投入することで、敵の自動防御システム(CIWSや火器管制)を飽和させ、対応能力を超えさせる現代非対称戦術。
CIWS(近接防空システム):Phalanx Block 1Bなどの火器は、空対艦ミサイルや高速艇への対応を想定するが、低速・低視認性の多数目標には弱い。
FCS(Fire Control System)制限:護衛艦の主砲管制システムは通常、1〜3目標に最適化されており、非正規目標多数への同時対応は困難。