異世界でバイトくらし!
「……あれ?」
目を覚ました瞬間、まず視界に飛び込んできたのは、青すぎる空と、でかすぎる鳥だった。
「いや、あれは……鳥、なのか?」
寝転がっていたのは、草の生い茂る野原のど真ん中。制服姿のまま、カバンもなし。周囲に人影は見当たらず、見渡す限りのファンタジー風景。現実感、ゼロ。
「……これは、もしかして……」
ゆっくりと身を起こし、辺りを見回す。妙に澄んだ空気、風の音、どこか懐かしいようでいて非現実的な自然の香り。
「まさか……俺、異世界に……?」
空腹と喉の渇きが波のように押し寄せてくる。
「……っ、そういえば……」
マサトは少しだけ頭を抱え、眉をしかめる。
──確か、あの日の夕方。
買ったばかりのホカホカの肉まんを片手に、赤信号の交差点を、ぼーっとしながら渡っていた。
「寒いし、ちょっと急ぐか……」なんて考えながら。
そして――
「クラクションの音。次の瞬間、強い衝撃。浮いたような感覚……」
「――ああ、なるほど。そういうことか……」
制服のまま、ここにいる時点で察するべきだった。
「……転生、か」
誰に導かれたわけでもない。女神もいなければ、ありがたい説明もない。
夢のような異世界転生なのに、唐突で、雑で、あまりにもリアル。
「うん……ちょっと、これは流石に、納得いかないな……」
ため息をついて立ち上がると、草の向こうから足音が聞こえた。
「おい、そこの君」
「……え?」
振り返ると、木陰から小柄な人物が一人、こちらを見つめていた。
ローブを纏い、目深にフードを被ったその人物は、慎重に距離を詰めてくる。
「君、異邦人だろう?」
その声はどこか冷静で、けれど芯のある響きを持っていた。
「……異邦人。ええ、まぁ、たぶん……異世界から来た人間、ってことでしょうか」
「やっぱり。見た目と雰囲気で分かるのよ。こっちの人間じゃないわ、あなた」
少女はフードを下ろした。
銀色の髪と琥珀色の瞳。整った顔立ちはどこか機械的で、それでいて目の奥に知性の光を宿していた。
「私はリーム。ギルド所属の案内役よ」
「なるほど……僕は、水城マサトです。一応、人間の……高校三年生、でした」
「よろしく、マサト。あなたには、少し説明が必要ね。ついてきて」
「え、ちょ、待ってください。ここ……異世界ですよね? ていうか、さっき“異邦人”って……」
「そうよ。異世界から来た人間、ってこと。あなたみたいな人、年に数人は流れ着くのよ」
「そんな軽いノリで……いや、僕、突然こんなとこに放り出されて……」
「それはつまり、あなたは『迷子人』という扱いになるわね。この世界では、戸籍も身元保証もない人間は、“一時的保護”という名目でギルドに預けられるの」
「……はぁ、なるほど。で、預けられると?」
「労働力として働いてもらうのよ。最低限の宿と食事は提供されるけど、それ以外は稼がないと無理なのよ」
「要するに、労働……ですか……」
「そうなのよ。異世界って、思ってるより厳しいの」
「……なんかこう、もっと“冒険が始まる!”みたいな……盛り上がる展開があると思ってたんですけど……」
「夢を見すぎなのよ。とりあえずギルドに行って、身元登録と仕事の割り振りを受けるわ。説明はそこでまとめてする」
「……了解です。というか、拒否権は?」
「あるにはあるけど、外に放り出されて野宿になるわよ?」
「……おとなしく従います」
マサトは肩を落としながらリームの後をついていく。
(異世界ってもっと……こう、こういうんじゃないだろ……?)
そう心の中でツッコミながら、現実味のなさと理不尽さに早くも軽く疲れを感じていた。