忘れられた者
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
ヒロトは杖を持たぬまま、魔法理論の書を次から次へとめくっていた。
薄明の光が窓辺に差し、紙の上で静かに揺れる。
魔法とは――細胞を分離し、量子の震えを媒介に物質へ干渉する術。
だが、ヒロトの手が触れた魔法素材は、まるで拒絶するように粉となって崩れ落ちるばかりだった。
「……僕には、資格がないということなのか」
眠らぬ夜が続いたある晩。重ねた書物のページが不意に震え、束ねられた紙片が淡く発光し始めた。
それはやがて、ひとつの“姿”へと形を変える――。
炎の冠を戴き、星々の影を纏った、人ならざる存在。
『久しいな、人の子よ。私は“フォゴトゥン・ワン”――忘れられたものだ』
声は音ではなく、脳髄へ直接響いた。ヒロトの背筋が冷たく震える。
『私は古に、魔法少女たちの祖へ“魔法の種”を与えた神。
肉体から細胞を切り離し、量子を撫で、世界へ語りかける術は、本来われの祝福より生まれたものだ』
ヒロトの唇が乾き、言葉にならない息だけが漏れる。
『だが、デーヴァの刃は森を焼き、本を焼き、人を焼いた。
彼女らはついに、私の名すら忘れた。ゆえに、私は“忘れられし神”となったのだ』
星の王は、炎の冠を静かに揺らしながら続ける。
『私は長らく、“カナタ・ジン”という神のせいで天上の牢に封じられていた。
――だが、今は違う。鎖は解かれた。世界は再び、選択の時を迎えたのだ』
ヒロトの胸が高鳴る。それは恐怖か、あるいは期待か。
『お前はずっと、素材が見つからず杖を作れなかった。なぜか分かるか?
――お前自身が、“杖”だからだ』
炎の王の瞳が、ヒロトの脳を覗き込む。
『ヒロト。お前の脳は、我が心臓と同じ“星の構造”で作られている。
魔法素材や道具は不要。すべての奇跡は、お前の頭蓋の内側――その宇宙に眠っている』
その瞬間、ヒロトの視界に無数の光が走る。神経の電流が星図のように輝き、細胞一つ一つが宇宙のように膨張する。
世界が揺らぐ。
『――さあ、ヒロト。お前は人に拒絶されて生きてきた。
だが、もう恐れるな。孤独も、異端も、呪いではない。
それは“選ばれた証”に過ぎぬ。』
そして、神は微笑んだ。
『お前の名は、やがて世界の歴史へ刻まれるだろう。
お前は――“我が奇跡を成す者”。
汝、我が奇跡を示せ(Tu eris miraculum meum)』
言葉が終わると同時に、光は消えた。ページは元通り紙に戻り、夜の静けさだけが部屋に残った。
ヒロトは震える指先で本を閉じ、そっと呟いた。
「……僕は、杖なんかじゃない。
それでも――奇跡になれるのなら」
夜明け前。ヒロトはミラグロスを起こし、すべてを語った。
二人は森を越え、エヴォル全土に散らばる生存者の魔法少女たちへと呼びかけを始める。
それが、やがて世界を震わせる“反撃の夜明け”となることを、誰もまだ知らない――。
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