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強くなりたい

「オルガー、騒いでないで手伝ってくれ!」


 ヨハンが苦言を漏らし、オルガーはまだなにか言い足りなさそうだったけど、むっとした表情のままヨハンの方に向き直る。


 彼らはこうして、人知れず夜のポリンピアを守ってきてくれていたのだろうか。


 ぼんやり思う。


「送ります」


「えっ?」


 穏やかな笑みを向けられていることに気づき、飛び上がる。


「とっ、とんでもない! 大丈夫です!」


 改めてテオのたくましい胸に寄り添っていることに気が付き、発狂しそうになった。


「でも……」


「ち、近くなので!」


 いそいそとおろしてもらって、また丁重に頭を下げ、回れ右をする。


 黒くてまっすぐな自慢のロングヘアが美しく風に靡いたのだけど、このときばかりは気にしてはいられなかった。


 わたしがアイリーンだとばれるわけにはいかないし、一刻も早くここから去らねばいけないと本心で悟る。


「あ……お、お名前だけでも……」


「え?」


 去ろうとするわたしの手をとって問うてくるテオ。


 この瞬間に周りの背景が薔薇色と化された気がしたのは、漫画という書物の読み過ぎなのだろう。


 心なしか花びらが舞った……気がした。


 わたしのせいではない。


 愛理の好みのせいだ。


 彼女が得た知識の賜物だ。


「お、お気になさらず……」


 というか、こんなところでわたし相手にそんな盛大な描写は必要ない。


 淡い新緑の色に引き込まれそうになったけど、ぐっとこらえる。


「名乗るほどのものではございません」


 これは、物語に残らない程度のほんの些細なある一夜の出来事なのだから。


 意識して口角を上げて続けると、そうですか、と思ったよりとあっさりテオは身を引く。そして、


「あなたに我々が助けられたのは本当です。ありがとうございます」


 改めて身を正し、頭を下げてくる。


「い、いえ、わたしは何も……」


「あなたのおかげで、兵士たちはあの不審者を捉えることができたのは間違いありません」


「そんな……」


 改まって言われると困ってしまう。


「あなたはたまに、こうして助けてくれていますよね?」


 テオは、こんな顔をしていたっけ?


 離せなくなったその瞳がまるで知らない人のようだった。


「忘れないでください」


「え?」


 テオの真剣な瞳にどきりとする。


 そっと頬に触れられた手のぬくもりがじんわりと体に広がり、目が離せなくなる。


「あなたを心配する者もいます。くれぐれも無茶なことはなさらないように」


 お願いだから……最後の方は風の音にかき消されてよく聞こえがなかったが、彼の唇がそんな風に動いたように見えた。


 それからわたしはなんと答えたのか覚えていない。


 ゆっくり我が家へ戻る夜道で、彼のその言葉を何度も思い出しながら帰路へついた。


 ぐっと唇を引き結ぶと、こらえきれなくなった雫がゆっくりと頬を伝う。


 息をしようとしたら、ぐっと声が漏れた。


(だからわたしはダメなのよ)


 何もできない。


 いつまでもいつまでも弱いままだ。


 泣いたって何も解決しないのに。


 だけど、枯れ果てたはずだった涙が溢れてくるのを止めることができなかった。 

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