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名もなき乙女のお仕事

「アイリーン、準備はいい?」


 廊下を突き当たった先でいつの間にか待機をしていたクロエ姉さんに声をかけられる。


「そのままいけるわ。それより、姉さん……」


 軽く頷き、手に持つ小瓶を彼女に差し出す。


 小さな粒子がきらりと光る。


「ポーション?」


「ヘアオイルよ。髪をとかすときにひと粒使用してみて」


「へぇ、きれいね。キラキラしてる」


「ベルガモットの香りを粒子にしているわ。髪になじませるたびに香るはずだから」


「ベルガモット?」 


「柑橘系の香りなの。気休めではあるけど、リラックス効果があって、少しでも姉さんたちの疲労回復のお役に立てればって……」


 微力な魔力を織り交ぜた粒子に含まれた香りは時間差で少しずつ効果を発揮しながら香るはずだ。


 少しでも、少しでも姉さんたちを癒やしてくれればと、そう願いながらもこんなことしかできない自分がもどかしい。


「ありがとう。本当に、あなたはわたしたちの知らないいろんなことを知っているわね」


 尊敬するわ、とそっとわたしを抱き寄せる。


「そんなあなたの優しさが、一番わたしたちを癒やしてくれているのよ。笑っていて、アイリーン」


 身を寄せるととてもあたたかい。


 そうよ。


 わたしはこのぬくもりを、守りたい。


 わたしにしかできない方法で守りたいのだ。


「姉さん、いってきます!!」


 改めてクロエ姉さんに笑みを浮かべ、わたしはぐっと拳を握る。


 そして、しっかり前を見据え、庭先に降りる。


 視線の先にある建物は、隣りにある建物で作業を行っている他の姉さんたちや父さんが仕立てを行うときに使用する作業場のひとつでもあり、目的の場所は一番奥にあった。


 みんなの気を散らせないように足音に気をつけながら、そこへ向かう。


 ひとつだけ扉の色の違うクリーム色の戸に指を添える。


 軽く鳴らすと、トントントン……と音がして、ノックをしたその扉の先から『はい……』というか細い返事が聞こえ、わたしは笑顔を作り、入室した。


「こんにちは」


「あ、あの……お忙しいところ、申し訳ございません」


 いきなり頭を下げられて面食らう。


「い、いえ、気にしていませんよ。頭を上げてください。ご依頼ですから」


 これから行うこともお仕事のうちだ。


 前を向くと決めたわたしが選んだ道であり、希望なのだ。


 頭を下げられては困ってしまう。


 受付は姉さんに任せてきた。


 わたしはわたしのやるべきことをまっとうするだけ。


 片手に持つ大きなケースを机いっぱいに広げ、わたしは意識して口角を上げた。


 自信のないアイリーンの封印である。


「今日はどのような女性がお好みですか?」


 うん。今日も完璧だ。

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