表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

09

「きゃあっ!」

 エリシャの身体が何かに跳ね飛ばされ、驚きで心の接触が断たれた。最も深い場所からの突然の離脱は彼女の精神に大きな衝撃を与える。

 その衝撃はルシにも同様に伝わった。彼の身体は弾かれたように跳ね上がり、そのまま大地へと倒れ伏す。

 そして、危ういところでルシとの接触を解いたジェレアクもまた、精神に打撃を受けてフラフラとよろめき、背にあたった幹に寄りかかった。

「……ヴァーガ・ジュード?」

 怪訝(けげん)そうに顔をしかめたジェレアクの唇から混沌の魔獣の名が()れる。

 《冥府の門》の番獣。ジェレアクがエリシャ達の奸計(かんけい)によって処刑され、《奈落》に落ちた時、その帰途を(はば)もうとした青銅の(うろこ)を持つ獣。

「久しいな、闇の王子――」

 獅子のような巨体とは不釣り合いな身軽さで森の奥から走り出、エリシャに体当たりした背鰭(せびれ)のある山猫が、言葉を発するに適さない大きな口を(みにく)(ゆが)めてジェレアクの顔を(のぞ)き込んだ。

 滅多(めった)に動じる事のないジェレアクだが、その生暖かい息を感じられるほど間近にこの化け物の(かお)を見て、多少のたじろぎは隠し得ない。

「どうやら(われ)の忠告を上手く利用したとみえる」

 ヴァーガ・ジュードはグルリと周囲を()め回すようにして言った。この《暗黒の輪》の事を指しているのは明らかだ。

「こんな所に何の用だ、ヴァーガ・ジュード?

 おまえがいなくなれば、冥府から亡者共がさまよい出してしまうんじゃないのか?」

 その音と表情をなんと表現すればよいのだろう?

 なぜかはわからないが、ヴァーガ・ジュードは水晶のような牙を()きだして可笑(おか)しそうに笑った。

「なに、門は影が護っておるから大事ない。大抵の者は我の姿を見ただけで恐れをなし、あえて無駄な労力を払ってみようとはせぬ」

「だが、鎖はどうした? おまえは鎖で門に繋がれていたはずだろう?」

「眼に見ゆる鎖は幻よ。我が束縛されておるように振る舞っているのはただ亡者に機会を与えてやる為。我が(とら)われておる牢獄はこの世界(ウェリア)そのもの」

 ジェレアクの表情から(うと)ましそうな色が消え、その眼が考え深げに細められる。

「面白い事を言う。じっくり話を聞かせてもらいたくなったな」

「フン。そのように言われると話を続ける気が()せたわ」

 ヴァーガ・ジュードはクルリと背を向けると、気絶して倒れたままのルシに近づいてフンフンとその臭いを()いだ。

天の邪鬼(あまのじゃく)め。そいつから一体何の臭いがするというんだ?」

「たぐい(まれ)なる血の臭い。ウェリアが選びし守護者の目覚めかけし魂」

 言うなりヴァーガ・ジュードはルシのベルトを(くわ)えて、その身体を持ち上げる。

「彼をどうする気?」

 ぼんやりしていた頭がやっと冴えてきたエリシャが問うた。

 答えは低い獣の(うな)りのみ。

 一瞬後、ヴァーガ・ジュードはルシを連れて疾風のように駆け去った。

「フギ!」

 ジェレアクの呼びかけに応えて、枝に留まったまま一部始終を見ていた大鴉が飛び立ち、ヴァーガ・ジュードの後を追う。

「……どういう事なの、これは?」

 立ち上がったエリシャが身体についた朽ち葉や土を払いながら言った。

「見た通りさ」

 ジェレアクの言葉には明らかに(とげ)が含まれている。

「私のせいだって言うの?」

「さあな。おまえが余計な真似をしなければ奴を説得し、深く埋もれた記憶をたぐらせて、必要な力の封印だけを解く事だって出来たかもしれない」

「必要な力の封印だけ、ですって?

 あの子の力がそこまで大きいって言うの? すべてを解き放てば私達にも制御できない程」

「俺がわざわざ奴をここにおびき寄せたのは《塔の賢者》共や光の一族が煙たかったせいだけだと思っていたのか?

 なんの為に俺がこの《輪》を用意し、奴が本来の力を受け止められる身体に成長するのを、ラリックの呪いが効力を弱めるのを待っていたと思うんだ?」

「彼の為に……用意した、と言うの、この《輪》を?」

 ジェレアクの顔に少し、しゃべりすぎた、という表情が浮かんだ。が、構うものかと続ける事にする。

「……もちろん、その為だけじゃない。

 が、この場所を選んだのは奴があそこに、《賢者の塔》にいたからだ」

「一体彼は何? 我らが不遇(ふぐう)な兄弟ラリックの忘れ形見、光と闇双方の王家の魔力を持つ変わり種、というだけじゃなさそうね?

 『ウェリアが選びし守護者の目覚めかけし魂』ですって?」

 薄く微笑んでいるようなエリシャの唇を見て、ジェレアクはヴァーガ・ジュードに余計な事を()くんじゃなかったと思いながら、一瞬天をあおいだ。

「気付きかけているようだから教えてやるよ。

 奴は賢者ヴァルデリュードが《ウェリアの守護者(ウェリガナイザ)》になると予言した者さ」

「ヴァルデリュード? あらゆる過去と未来を()るという?

 でも、ウェリガナイザですって?

 だって彼は厳密な意味でヒトじゃないわ。ウェリガナイザといえば……」

「そう、ウェリアの均衡(きんこう)が崩れそうになった時に現れるヒトの勇者を指す。

 その力は絶大で過去数回起こったウェリア崩壊(ほうかい)の危機はウェリガナイザの力によって回避されたという。

 だが、奴の心には純粋な闇も宿っている。だから……」

「だから、あなたがウェリガナイザの力を利用する事もできると?」

「ウェリガナイザとして目覚める前にヒトとしての心を縛り、闇の王子としての力を解放してやる事ができれば、ウェリガナイザの力の幾何(いくばく)かを手にできるんじゃないかと思ったのさ」

「なんだか、とても(あや)うい計画ね」

「その通り。あまりにも微妙で未知数が多過ぎる。

 だが、それほど賭け率の悪い勝負じゃあない、と思っていたんだが……」

 ジェレアクは言葉を切って肩をすくめた。

「考えが変わった、と?」

「勘、というか……。ヴァーガ・ジュードが現れた時、思ったんだ。俺のやり方も間違っていたかもしれないと」

「どういう事?」

「ヴァーガ・ジュードが現れたのはおまえが封印を解こうとしたのと同時だった。こいつは偶然じゃないんじゃないか?

 以前、奴は言ったんだ、《冥府の門》の番など二義的な役目だと。なら奴に負わされた真の役割とはなんだ?

 今思い出したんだが、伝承によれば創始者(ディスファーン)はウェリアと一緒にウェリガナイザを創り、その直後に混沌の獣(ヴァーガ・ジュード)を呼び出したという」

「ヴァーガ・ジュードとウェリガナイザの間に何か繋がりが……。

 だからあの獣をあっさり行かせたの?」

「通常《ウェリアの守護者(ウェリガナイザ)》と言えば選ばれた勇者を指すが、その勇者の振るう魔剣もまた《ウェリアの護り(ウェリガナイザ)》と呼ばれる。

 ではその魔剣はどこにある?」

「勇者が覚醒(かくせい)した時に天から授かる、としか伝えられていないわね」

「天、すなわち創始者(ディスファーン)が創ったウェリアの摂理(せつり)。その一部がヴァーガ・ジュードだとしたら……」

「う……」

 《輪》に足を踏み入れると同時に気絶し、忘れ去られていたエリアが身動きした。

「お姫様がお目覚めのようだ」

「忘れていたわ。あなたが手に入れかけた獲物をあっさり手放したもうひとつの理由は、あの子ね?

 彼女を連れ戻しに来ると思ってるんでしょ」

「それよりも奴がウェリアの守護者(ウェリガナイザ)として覚醒したなら、この《輪》の存在そのものを抹消(まっしょう)しに来るだろう。それこそ、ウェリアの均衡を崩すものに他ならないんだから」

「その時、また彼女が役に立つかしらね?」

「そういうのは、おまえの方が得意だろう?」

「私の力を借りたいって言うの? 彼を独り占めしようとしたクセに?」

「事情が変わった。多分、二人がかりでも際どいぞ」



少しでもこの作品に好感を持っていただけたら、下の★をクリックしていただけると嬉しいです。

感想大歓迎。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ