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(どういう事なんだろう?)

 宝石(ウェリガナイザ)はルシに《輪》の中心に何かがあると伝え、ヴァーガ・ジュードは彼をその場所に連れてきたはずだ。だが、森の他の部分より開けているというだけで変わったところは何もない。

(早くしなくちゃ。エリアが……)

 目を閉じて、新たに得たはずの感覚を使ってみようと気持ちを集中する。

「あそこ……?」

 開いた目にはただ他と同じように黒い落ち葉が積もっただけに見える一点。だが、ルシは心の眼にひときわ黒く浮かび上がった地点に駆け寄って枯れ葉を掻き分けた。

「ああっ!」

 手が触れた瞬間、わかった。それが力の源だと。

 指先がほんの少しかすっただけだというのに圧倒的な力がルシの身体を駆け抜けた。ルシの存在そのものを揺り動かすような力。

 遠のきそうになった意識を無理矢理引き戻して、それ自体に触れないよう慎重に、しかしできるだけ急いで朽ち葉を取り除いていく。

 どうやらこの場所はちょっとした窪地(くぼち)になっていて、池に水が溜まるように落ち葉が吹き寄せられていたらしい。

 そして現れた、黒い碑石――

 《暗黒の輪》の中心に墓石のようにたたずむそれは実際にはルシの膝くらいの高さしかないにも関わらず、ひどく大きく見える。碑銘(ひめい)はなく、恐ろしく滑らかであるのに艶のない表面はすべての光を飲み込んでいるようだ。

「これが……」

 《輪》を造りだしている物なのか?

 碑石を見つめるルシの心臓がキリキリと痛み、腕輪の宝石(ウェリガナイザ)が熱く感じられた。

 これを壊せば《輪》は消滅し、異形と化した者達は元に戻るのだろうか?

(でも、どうやって?)

 どうすればこの碑石を壊す事が出来るのだろう?

 それはとても硬そうに見えたし、指が触れた時の事を考えると、もう一度触る気にはなれなかった。

「たとえ破城槌(はじょうつい)を使ったところで、そいつを壊す事はできない」

 背後から響いてきた声に振り返ると、自信に満ちた闇の王子の姿。

「ジェレアク! いつからそこに……」

 (おび)えたような表情を浮かべたルシにむかって、ジェレアクは(あざけ)るように薄く笑った。

「馬鹿な真似をしようとするのをやめて、私の話を聞かないか?

 おまえがエリアと呼んでいる娘。あの娘はヒトではない」

「嘘だ! そんな事を言って僕を動揺させようったって……」

「そう思うのは勝手だが、とりあえず最後まで話を聞いた方がいい。

 あの娘は、その両親が古代の魔法を使って精霊と交わり、仮初(かりそ)めの身体を得た幻のようなものだ。

 だから両親が死ねばその肉体を保っていられない。

 そして、これが肝心な所なんだが、この《輪》を破壊してもあの娘の親は助からない。

 むしろ既に激しく変化してしまっている者が《輪》の影響を絶たれれば、弱いヒトの魂と体は再変化に耐えられずに崩壊するかもしれないぞ。

 そうすれば当然娘の身体も……」

「嘘だ……。エリアがヒトじゃないなんて。

 エリアのお父さんやお母さんが元に戻らないなんて……。

 そんなの嘘に決まってる。あの石を壊されたくないから、そんな事を言っているだけなんだ」

 だが、ジェレアクの言葉を否定するルシの声には力がなく、震えを帯びている。

「そう思うなら、その碑石を破壊してみるがいい。邪魔立てはしない」

 ジェレアクは数歩さがって、木の幹にゆったりと背中を預け、薄笑いを浮かべながら腕を組んだ。

「……できるものなら、だが。俺はウェリガナイザの力、というやつを見てみたい」

 そのあからさまな好奇心をたたえた見下したような眼差しは、耐え難いほど侮蔑(ぶべつ)的だった。

「何がそんなに面白いんです?」

 ルシは拳を握りしめてジェレアクを(にら)みつける。

 それまでジェレアクや碑石や、自分自身に対して抱いていた(おそ)れが、もっと激しい、だが信じられないほど静かな別の感情に打ち消されていた。

「僕らはあなた方の玩具(おもちゃ)じゃない」

 ルシは左手で腕輪をつかんで目を閉じる。

 先刻、剣を出現させた時はどうだっただろうか?

 その時の事を思い出そうと意識を集中させ、手首の宝石(ウェリガナイザ)に呼びかけた。

(剣を……闇を打ち砕く、(ちから)を……)

 ルシの身内が熱くたぎり、右手が光を放つ。

「ウェリガナイザ!」

 振り上げた手の中に、輝く長剣。

「わァァ――――っ!」

 知らぬ間に喉から叫びがほとばしり、しっかりと両手で握りしめた剣を振り下ろす。

 ザンッ!

 剣から放たれた閃光がジェレアクに向かって走った。

「なにっ……!」

 あわてて飛び退()いたジェレアクが寄りかかっていた木が真っぷたつに裂け、メリメリと音をたてて倒れてゆく。

 とっさに剣を抜きかけたジェレアクだったが、既にルシの関心は碑石へと移っていた。

「こんな……ものっ!」

 ガッ――!

 力一杯振り下ろされた(ウェリガナイザ)が碑石に食い込み――

 一瞬にして碑石全体に走った亀裂(きれつ)から光が発した。

 爆発する光!

「うわァ――っ!」

 ルシの身体が吹き飛ばされ、手の中の剣が消え失せる。

 そしてジェレアクは見た。

 細かく砕けた碑石の欠片(かけら)が闇の力を宿したまま、ウェリアの全土へと四散してゆくのを。

 あるものは厚い枝葉を突き抜けて天高く飛び、あるものは瞬間的に開いた《異界の道》を通って。

 それは《闇の碑石》を創造したジェレアクだったからこそ、わかり得た事だったのかもしれない。

(既にこの地の《輪》を破壊するだけの力があったのは誤算だったが……まあ、いい)

「……面白い事になったな」

 ニヤリと唇をゆがめて呟く。

「う……」

 またしても朽ち葉のクッションに助けられたルシがふらつきながら起きあがった。

 どこも打ってはいないはずなのに、なぜかまるで力がはいらない。木の幹に手をついて身体を支える。

 ジェレアクはその様子を興味深げに眺めてから声をかけた。

「思っていたよりは上出来だが……」

 ルシは黙ったまま上目づかいにジェレアクを見る。

「口を開くのさえつらいか? おまえは力の使い方を学ぶ必要がある。さっきおまえがやったのは……」

 ジェレアクは言葉を切り、フフンと鼻で笑って肩をすくめた。

「いや、いい。今おまえを連れて行くのは簡単だが、考えが変わった。だが、ひとつだけ言っておく。

 今のウェリアに満足できないと感じたら、俺の所へ来い。

 俺は何も《囲い地(じんかい)》を自分のものにしてウェリアの均衡(きんこう)を崩したい訳じゃない。

 おまえが今いるこの空間はおまえにくれてやる。あるいは《光の原》を」

「ジェレアク……」

 かすれた声を絞り出したルシはほんの数呼吸前までとはうって変わって親密ささえ感じさせる調子で語りかけてきた闇の王子を見つめる。

「一体僕に何をさせたいんです?」

「いずれわかるさ。おまえがウェリガナイザを使いこなせるようになれば」

 そこでジェレアクは僅かに眼をすがめ、小首を(かし)げる様子をした。

「どうやらこの《輪》の崩壊が進んでいるようだ。《輪》が完全に消滅すれば俺でもここから直接《道》を開くのは困難になる」

 まばたきする間にジェレアクの背後にのっぺりとした黒い円が現れ、暗黒の風が吹き出した。マントをひるがえしてその闇の中へ足を踏み入れる。

「ああ、言い忘れるところだった」

 ジェレアクはさりげない調子で肩越しに言葉を投げた。

「エリシャに気をつけろよ。あいつは男をたぶらかすのが上手いんだ。甘い言葉で誘われてもうっかりその気になるんじゃないぞ」

 ジェレアクはまるで幼なじみと悪戯(いたずら)の相談でもしていたように片目をつぶってみせてから姿を消した。


※破城槌(城門や城壁を破壊し、突破することを目的とした攻城兵器)


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