16
「ヴァーガ・ジュード! いるんだろ?」
ルシはラヴァスの背中越しに、見えないヴァーガ・ジュードにむかって声を張り上げる。
「教えて! どうすればいい? どうすればみんなを助けられる?
ウェリアの守護者になら、できるはずだろう?!」
その半分泣いているような訴えに魔獣が心を動かされたとは思えない。が、とにかく応えがあった。
『己で訊け。ウェリアの護りが選んだのは汝。その声に心を傾ければ自ずとわかるはず』
(ウェリアの護りの声……?)
右手の宝石が輝き、ルシの心臓がうずく。
脳裏に浮かび上がる、映像
暗黒の輪――
その中心に、黒い大地にあって更に暗い翳り
「な……に? 《輪》の真ん中に何かあるっていうの?」
ルシの呟きを聞いて、その攻撃を避けられぬほど間近に迫ってきた物の怪――エリアの母親と言われた者――に刃を放とうとしていたラヴァスが刃を使うのをやめ、縄を使って動きを封じた。
縄の、刃と反対の端には小さな三つ又の鉤がついていて、巻き付けた縄の残りをピンと張っている限り簡単には解けぬようになっている。
「なんだって?」
問いかけながらもラヴァスはしっかりと物の怪を捕縛し、いつでも致命的な攻撃に移れるよう、刃を回転させていた。
「何か、ある。《輪》の真ん中に。《輪》を造りだしている物が」
「じゃあ、それを壊せばこの《黒い輪》が消滅するっていうのか?」
「多分……」
「とは言っても、地上からじゃどこが中心なのか……」
(ヴァルガスを呼ぶか?
しかし、木を薙ぎ倒して着地したとしても、翼を広げて飛び立つには周囲を焼き払うしかない。こんな所で炎を吐かせたらどんな事になるか……)
「こいつっ!」
ラヴァスが、両腕を上体に縛り付けられたまま体当たりしてきた物の怪を避けながらついでのように軽く足を払うと、化け物はしごくあっさりとその場に倒れた。
起きあがろうと藻掻いている背中に片足を乗せて押さえる。
さっき垣間見た暗い翳りを思い浮かべたルシは斜め右方向から、《引き》を感じた。
「僕にはわかる……と思います。少なくともどっちへ進めばいいかは」
「だが、この連中を傷つけないように囲みを突破するとなると……」
ラヴァスはじわじわと包囲を狭めてきている物の怪達やゆったりと成り行きを見守っているジェレアクとエリシャに素早く視線を走らせた。
彼一人ならともかく、ルシを連れてとなると……
(ルシには悪いが、やはりエリアの事は……それに、どのみち彼女は……)
「ラヴァス……」
低く静かなルシの声。
(ヴァーガ・ジュードはウェリガナイザと強く結びつけられているみたいだ。
だったら……やってみる価値はある!)
「エリアを頼みます」
「おい、何をする気……」
ラヴァスに最後まで言わせず、ルシは声を張りあげた。
「ヴァーガ・ジュード! 創始者に選ばれし者として、ウェリアの守護者として命じる。
僕を《輪》の真ん中まで連れて行け!」
長く尾を引く咆哮が響き渡る――
ジェレアクやエリシャでさえ怖気を震うような。
何処から現れたものか、吼え声の残響が消えぬうちに青銅の獣が風を切り、ルシの前へと躍り出た。
「乗れ」
混沌の魔獣が唸る。
ルシはためらわなかった。ヴァーガ・ジュードの背鰭が股に食い込むのも構わずその背にまたがり、しっかりとしがみつく。
「待てっ!」
あわてたジェレアクが魔法の網を紡いで彼らを捕らえようとする。
「母なる闇よ、我が手に集いて空を裂く鳥となれ」
エリシャが叫ぶと一瞬でその右手に黒い霧のようなものが集まり、長矢となった。そして左手に透き通った弓の影。
が、ジェレアクの網は未完成のうちに蹴散らされ、放たれた矢はヴァーガ・ジュードの尾にひと打ちされて弾け飛んだ。
ゴォッ――!
風が唸る。ルシの耳元で。
宙を飛んでいるとしか思えないようなヴァーガ・ジュードの速さに目も開けられず、息さえ詰まりそうになる。
だが、それは十鼓動にも満たない間だけだった。
「わぁっ!」
止まり際、ヴァーガ・ジュードが意地悪く躯を捻ったせいでその背から投げ出され、大地に転がった。
小さく開けたその場所に、身体が沈み込む程にやわらかい朽ち葉が積もっていなければ、大怪我をしていたかもしれない。
「ウェリガナイザを笠に着て偉そうな口を利きおって。あのように命令されるのは好かぬ」
「でも、だからって……」
上半身を起こしたルシの抗議は獣の吼え声によって中断された。
「……ディスファーンとの契約によって汝の望みは叶えてやった。後は己でなんとかするのだな」
否やを言わせず、姿を消してしまう。
「ふうっ」
軽い溜め息をついたルシは顔をしかめて立ち上がった。足首の上まで落ち葉に沈む。
(とにかく、早く《輪》を造りだしている物を壊さないと……)
しかし辺りを見回したルシの眼には、それらしき物は何も映らなかった。
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