15
(剣が……剣さえあれば……)
その思いと同時に腕輪の宝石がまばゆく輝き、右手の中に剣が現れた。
不快な感触が柄を握った手から駆け上がる。
化け物の形容し難い叫びが耳朶を打ち、異臭を放つ粘つく液体が、ルシの体に降り注ぐ。
「う……あ……」
腹から背中へ、空中に突然現れた剣を突き通された物の怪が、ルシの上へと倒れ込んだ。
「うわあァ――っ!」
のしかかる重み。
込みあげる吐き気。
無様にもがき、小さな声でうめきながら屍の下から這い出したルシは、いつの間にか浮かんでいた涙の粒を振り払い、気を取り直して死体から剣を引き抜いて立ち上がった。
ルシの耳にエリシャの声が飛び込む。
「――ウェリガナイザ!」
激しい戦いを続けていたラヴァスとジェレアクも動きを止め、ルシが握りしめている剣を見やった。
真っすぐな刀身を持つ諸刃の剣。切っ先は鋭く尖り、十字形の柄をも含めて全体が左右対称。
そして、その柄にはルシの右手の腕輪とまったく同じ、血の色をした宝石。
「ウェリガナイザ……。これが?」
それは小柄なルシが扱うには刃が広くて厚く、長過ぎるように思えたけれど、信じられないほど軽く、しっくりと手に馴染んだ。
『やはり、剣を選んだか』
ルシの頭の中に尊大で奇妙な声が響く。
「ヴァーガ……ジュード……?」
魔獣の科白には何か含みを感じさせる抑揚があった。
「ヴァーガ・ジュード! どこにいるっ!」
ルシの叫びにジェレアクやエリシャ、ラヴァスまでもが辺りを見回したが、混沌の獣の姿はない。
「うわっ!」
横合いから異形の者の一体が長い触手をのばし、ルシの右腕に絡めた。
剣を左手に持ちかえて、攻撃しようとしたその時――
「だめ……」
虚ろな瞳を宙にむけて、ただ立ちつくしていたエリアが口を開く。
「だめ……。殺しちゃ、ダメ……」
「エリア……?」
「父さん……。父さんなの。私の……」
「なん……だって?」
ルシはエリアから自分の右腕を締めつけている物の怪に視線を移した。
(エリアのお父さん? この化け物が……)
「見て」
エリアが指さしたのはルシの足下。そこにはさっきルシが倒した怪物の死体があるはずだった。
だが、ルシの瞳が捉えたモノ。それは、もはや物の怪ではなかった。全身が黒っぽく変色していたとはいえ、そこで絶命していたのは紛れもなく人間の男だったのだ。
「あ……あ……」
ルシの喉から言葉にならない声が絞り出される。
「殺しちゃ、ダメ……傷つけちゃ、ダメ……」
「くっ……うっ……!」
エリアが父親だと主張する者のもう一本の触手がルシの喉首に巻き付いた。
ルシの顔が苦痛と苦悩にゆがみ、手の中の剣が消え去る。
『愚か者。もはやそれはヒトではない。ウェリガナイザの力で浄化してやるしかないのだぞ』
またしても脳裏に響くヴァーガ・ジュードの声。
ウェリガナイザで浄化する? 殺せ、という事か?
(だけど……)
「馬鹿野郎っ!」
左掌から眩い光を発して、ジェレアクの眼を眩ませたラヴァスがルシに駆け寄り、腰の剣を一閃させる。
右手にレイプトを持ったまま左手で柄をつかみ、抜くと同時にルシに巻き付いていた二本の触手を断ち切っていた。
(なんて剣さばきなんだ! 柄を逆手に握るなんて)
ルシが鏡のように研ぎ澄まされた風変わりな片刃の剣を観察する暇もない。抜刀の流れのまま一切の静止なくラヴァスの剣が鞘に収まった。
「魔族の言わせた事なんか信用するな。来いっ!」
切断された触手から黒い血しぶきを飛び散らせている物の怪の悲鳴が響く中、ラヴァスは強引にルシの腕をつかむと、近くにあった一本の巨木にルシの背を押しつけた。
楯になるようにその前に立ちはだかる。
「あら、心外ね」
既に剣を収め、落ち着いた様子でこれまでの有様を見物していたエリシャが口を開いた。
「その子の言った事は本当よ。今あなたが腕を切り落としたのはその娘の父親。
そして母親は、ほら、そこに」
エリシャが指した先に長く鋭い鉤爪を持つ異形の者がいた。肘を曲げ手をかざして近づいてくる。
ジェレアクも高みの見物を決め込んだようで、剣を収め、冷ややかな笑みを浮かべてたたずんでいた。
「ラヴァス……」
ルシは懇願するようにレイプトを持つラヴァスの肘をつかんだ。
「さっきの心話、俺にも聞こえた。『こいつらはもうヒトじゃない、浄化してやるしかない』ってな」
「だめだ、ラヴァス! エリアが……」
「俺はこんな所で死ぬ訳にも、君を魔族に渡す訳にもいかないんだ」
縄の先で小さく円を描いているレイプトの刃が強い輝きを放ち始めた。
(だめだ! 何か……何か方法があるはずなんだ。なんとかしなきゃ……。エリアの悲しむ顔なんか見たくない!)
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