13
ラヴァスとヴァルガスが《賢者の塔》に到着したのは真夜中を過ぎてからだった。
着地の目印であると同時に炎を好むヴァルガスの為に大きな篝火がいくつも焚かれた庭へ向け、ゆっくりと次第に輪の小さくなる螺旋を描いて下降してゆくと、建物から寛衣をまとった三つの人影が出てくるのが見える。
遠い火明かりでははっきりしないが、三人の動きや雰囲気からその寛衣の色が青灰色である事は容易に推測できた。
(三賢者がこんな所まで? 昼間の連絡では至急と言ってもそこまで切羽詰まった感じじゃなかったが……)
賢者達と少し距離をとって着地する。それでも、ヴァルガスの翼が巻き起こした風が彼らの寛衣をはためかせ、篝火の炎を揺るがせて火の粉を舞いあがらせた。
身軽に大地に飛び降りたラヴァスが賢者達に駆け寄ると、彼が礼をするより先にエステヴェートが口を開く。
「よく来てくださいました、竜騎士ラヴァスアーク。
私がウェイデル様を通じてご連絡させていただいたエステヴェートです」
ラヴァスはヴァルデリュードとアルドリュースには以前エラリアルにあるエーリアル公爵邸で会っていたが、彼女とは初対面だった。
噂通り、やさしさと知性が内側からにじみでているような女性だと思う。
しかし、その挨拶に応える間もなく、アルドリュースが話し始めた。
「すみませぬ。少々事態が切迫しておりましてな。
本来ならごゆるりと旅の疲れを癒していただかねばならぬのですが、そうも言うておられなくなりました。
――心を開いてくださらぬか」
言うなり皺深い両手で包み込むようにラヴァスの右手を取る。
「口頭でご説明申し上げるより、この方が早い」
アルドリュースはラヴァスが成り行きに戸惑いながらも素早く精神を集中し、賢者の心に波長を合わせるや否や、合わせた掌を通して圧縮した記憶を送り出し始めた。
そもそもの始まり、エーリアル公爵とエルリィンの恋。
ルシという少年の数奇な生まれと、ウェリアに及ぼす影響の可能性。
エーリアルと呼ばれる少女の事。
賢者達の思惑。
そして、つい今しがた彼らが巡らせている結界からルシの気配が消えた事――
もちろん一息にそのすべてを理解する事は不可能で、賢者達と別れた時にはラヴァスはまだ受け取った記憶の重みに意識をふらつかせていた。
小回りの利かないヴァルガスにその場で翼を休めているよう言い置いて、《記憶》を反芻しながら森への道をたどってゆく。
「……で俺は賢者から、君を捜し出す為の光を借りて来たという訳だ」
ラヴァスはちょうど彼の頭の高さ辺りに浮かんでいる小さな光球を指して言った。
光の玉はエステヴェートの魔法で作り出されたもので、犬が獲物の臭いを嗅ぎ分けるようにルシの居場所を探し当てるという。
ラヴァスはまず効率的な質問をする事で、混乱して取り留めがなくなりがちなルシの話を誘導して素早く事情を把握し、ついで手短に様々なルシの疑問に答えてくれたのだ。
「ありがとうございます」
頭をさげたルシの瞳が翳り、うつむいたまま呟きが漏れる。
「僕は本当にたくさんの人達に見守られて……迷惑をかけてきたんですね。十五年もの間……」
(こんな時、サイガなら何か気の利いた事を言って気分を引き立ててやる事もできるんだろうが……)
あるいは優れた外交官としても名高かった彼の父アルスラヴィンなら。
だが立場上外交の仕事もこなしてはいても、決して人付き合いが上手いとはいえないラヴァスにはかける言葉が見つけられなかった。
ならば彼は彼なりのやり方で物事を片付けていくしかない。
「さて、行くか」
「え……?」
「言ってただろう、その子……」
ラヴァスは両足を投げ出して地面に座り込み、両手をだらりとさげて、木の幹に背中を預けているエリアに視線を走らせた。
先刻、立ちっぱなしでは疲れるだろうとルシが座らせてやった姿勢のままだ。
開きっぱなしの唇。虚ろな瞳。
「『エリアを放ってはおけない』って。
夜明けだ。魔族と対決するには持って来いじゃないか」
ラヴァスの言った通りだった。
昼なお暗いとは言っても、やはりこの森にも陽は射すのだ。
茜の裳裾も鬱金の輝きもなかったけれど、厚い枝葉の天蓋を通してやわらかな光が数え切れない程の腕をのばし、闇を駆逐していく。
その無音の旋律に合わせるように、ラヴァスをルシの元へと導いてくれた光球が次第にその影を薄れさせていき、消えた。
「ここじゃあ、鳥も鳴かないんだな」
ラヴァスの呟きに、ルシは宝石に見せられた、世界を苦しめている患部を想った。
(それは、あるべきでない物が近くにあるから。鳥も獣も、虫でさえ逃げ出したんだ。でも……)
「僕はまだ、自分が何をするべきなのか知らない」
人形のように座るエリアの頬にそっと指先をふれながら逡巡する。
エリアを放っておく訳にはいかない。
だけど、このまま《輪》に足を踏み入れたとして彼に何ができるだろう?
《ウェリアの守護者》の伝説は彼も知っている。その力が絶大である事も。
けれど伝説の勇者達は魔剣を振るったのだ。ヴァーガ・ジュードがルシに残していったのは不思議な宝石のきらめく腕輪だけだった。
記憶と共に生まれ持った魔力の封印も解かれたとはいえ、彼はその使い方を知らない。
光と闇のせめぎ合う力を不用意に解放する事で何が起きるか、誰にもわかりはしないのだ。
「時間がない、と言ってたんだろ。フギとかいう使い魔は」
言うなりラヴァスが歩き出した。《輪》にむかって。
「ラヴァス! ……アーク様」
「様も敬語も必要ない。いや、むしろ俺の方が敬語を使わなきゃならないのかもしれないな。君は《王国》王家の者でもあるんだから」
振り返ったラヴァスの視線があまりにも真っすぐで、これから途方もない危険が待ち受けているだろう場所に赴くというのに、何の恐れも気負いも感じられなかったせいもあったのだろうか?
思いがけない科白にルシは目をそらしてしどろもどろの返答をしてしまった。
「あの……ラヴァス……。忘れてください。王族……だとかなんだとかいう事は。僕は……その……」
「わかった」
そのそっけない一言に理解と思いやりを感じたような気がしたのは考え過ぎだろうか?
ルシは立ち上がった。左手で腕輪をギュッと握りしめて。
「僕も行くよ。エリアは僕に『助けて』って言ったんだ」
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