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 サンガに居を構えるアーウィン伯爵の館を訪問していたラヴァスは、ヴァルガスを通じて《王宮》の魔術師ウェイデルから賢者エステヴェートの伝言を受け取った。

『至急《賢者の塔》へ来て欲しい』と。

 《王宮》と《賢者の塔》の間には《王国》建国当時から魔法の仕掛けによる通信手段が確保されていて、エステヴェートはまずそれを使ってウェイデルに連絡をとったのだ。

 ウェイデルからラヴァスへ直接心話が送られてこなかったのは、かの偉大な魔法使いも心話には自信がなく――誰にだって得手(えて)不得手(ふえて)はあるものだ――たまたま《王宮》に竜騎士キルディアスの竜リーヴがいたのを幸いにヴァルガスへの連絡を頼んだからだった。

 元々音声など使わず心と心を使う竜同士の会話はヒトの心話より余程信頼できる。

 そんな訳で若く凛々(りり)しい竜騎士の訪問に興奮気味の伯爵令嬢達――アーウィン伯爵には嫁入り前の娘が六人もいた――とのお茶の最中にフッと遠くを見るような眼差しをしたラヴァスは、ギリギリ礼を失しない程度の挨拶だけすると早々に館を辞した。




『うれしそうだな、ラヴァス』

 小さくなっていく地表を見下ろしていたラヴァスの心に、銀の(うろこ)を持つ巨大な竜ヴァルガスの思惟(こえ)が滑り込んでくる。彼の思考はその咆哮(ほうこう)のようにずっしりと重々しい。

 竜の長い(くび)の付け根あたりに装着した鞍にまたがったラヴァスは、春先の午後のやわらかな陽射しと魔法の障壁によって若干弱められた風の感触を楽しみながら答えた。

「あの令嬢達が計画していた夜会に出なくてすんだんだ。うれしくない訳がないだろ?」

 竜騎士達は皆、特別な事情がない限り竜との会話に肉声と心話を併用する。竜達が親友として選んだ人間の声を音楽のように楽しんでいるからだ。

女子(おなご)にちやほやされるのは嫌いではないのにな?』

 なんとなくラヴァスの心がくすぐったくなったのはヴァルガスが笑ったせいだ。心話を使っただけでなく、鍛冶屋の火床で轟々と燃えさかる炎のような音をたてて喉を鳴らしてもいた。

「よしてくれ。あれは尋問(じんもん)って言うんだ。まったく、六人がかりで(らち)もない質問ばかり……。いや、奥方もいれると七人か」

婿(むこ)がねの事を知りたがるのは当然だろう』

 ヴァルガスの(げん)は的を射ている。竜騎士と言えば王族や大貴族に匹敵(ひってき)する名士。地方伯爵の娘としては、それ以上望むべくもない花婿候補だろう。

 問題は竜騎士が世襲(せしゅう)の地位や身分ではない事と、生涯(しょうがい)独り身で通す竜騎士が珍しくない事だが。

「俺は結婚する気なんかない。――大体、一番下の娘は十歳(とお)になったばかりだっていうじゃないか」

『長女はそなたよりひとつ下だったな。赤い髪をした、なかなかに器量の良い娘だった。

 それとも、そなたは年上の女子(おなご)の方が良いのかな。――あの幻術使いのような』

「――くだらない事を」

 それだけ言うとラヴァスは()ねたように黙ってしまった。

 世界(ウェリア)(いち)と言われる巨竜のクスクス笑いというのは、なんとも形容し(がた)いものだ。

『そなたの(つがい)の相手云々(うんぬん)は置いておくとしても……国の内外の有力者と親交を深めるのは竜騎士の務めであろう』

 (さと)すようなその言葉とは裏腹に、ヴァルガスの心話にはまだ揶揄(からか)いの響きがあった。

 ラヴァスの考えなど()かずともわかっているくせに、ただ言葉を交わす事を楽しみたいのだ。

 ラヴァスの方も機嫌を損じているような声音を保ちつつ口を開く。

「一頭の竜は千騎の騎兵を蹴散(けち)らす。しかもその機動力たるや騎兵の比じゃない。統治するのにこいつを見せびらかす以上に有効な(おど)しはないってだけさ」

『では私は諸侯の上に振りかざされた棍棒(こんぼう)か』

「もっと上等なものだと思っていたのか? でかぶつさん」

『ふむ。ではその棍棒のおかげで王族に匹敵(ひってき)する高い収入と地位と名誉を与えられている竜騎士という小さな生き物は何になるのだ?』

「さァな……」

 ラヴァスはヴァルガスの翼に(たわむ)れる風の精霊達の歌に心を(かたむ)けながら、どう答えればこの千年の(よわい)を重ねてきた(とも)を面白がらせる事ができるだろうと考えた。


 《王国史》によればラディアン王とアズルのセイジュが《炎の衝立(ついたて)》と呼ばれる山脈を越えて竜達がまどろむ《炎の国》へ(いた)り、金竜コン=ドレイクと銀竜リーグの心を動かして初代竜騎士となった。

 その時はまだ《王国》の(いしずえ)となったラディアンの国は人々を疲弊(ひへい)させるだけの争いを続ける九つの国――この中に竜騎士セイジュの国であるアズルは入っていない。()の地は当時も現在(いま)と変わらぬ幻の王国だった――のひとつでしかなかった。

 だが二人の竜騎士がその巨大な竜に乗って城の上を飛び、竜達が空にむかって炎を()いてみせると、その圧倒的な力に畏怖(いふ)した隣国の王達がそれまで何度もラディアンの申し入れを(こば)んできた話し合いの円卓につき、婚姻の(きづな)を結ぶ事も含めて、次々と同盟を結んでいったという。

 彼らがやった事は明らかな脅迫(きょうはく)だが、歴史書の記述を信じるなら平和()に――ラヴァスはまったく血が流れなかったとは信じていなかったが――五つの国が統合され、他の国とも恒久(こうきゅう)的な和平条約が結ばれて、ウェリアの戦乱は(おさ)まった。

 誰が統治するか、という事に関して異議を唱える者は多いだろうが、ラディアンの子孫達は(おおむ)ね公平に、上手に統治を続けてきたと言える。

 竜騎士という地位を設定し、竜を(ともな)って《王国》に(つか)える者には高い報酬と一代限りではあるが王の子弟と同等の扱いを約束した。

 竜がいれば兵を常駐させておく必要が減じ、多額の費用が節約できるのだから、税を納める民の負担も減るというものだ。

 また王家そのものから多くの竜騎士を輩出(はいしゅつ)してもいる。

 だから命を()して《炎の国》へ到達し、竜達に彼らのみる《黄金と炎の夢》に勝る夢の(つむ)ぎ手であり、天翔(あまか)ける喜びを()かつに相応(ふさわ)しいと認められた者は皆、《竜使いの王国》と呼ばれるようになった国に身を預けてきたのだ。

 最初の竜騎士となった冒険心旺盛(おうせい)な二人の若者に敬意を表して、とか、竜騎士を受け入れるような成熟した竜達が基本的に竜同士の戦いを拒否している事、《炎の国》を離れた竜の食事に大金がかかるのも一因(いちいん)だが。

 まあ、大体において竜がその友と認めるような人間は必要以上の金――使い勝手のいい、質の良い物を身につけたり、うまいものを食べたりする以外に使う金。馬鹿でかい屋敷とかそれを維持する為の雇い人、乱痴気(らんちき)騒ぎ、装飾品など――には興味を示さないし、みずから統治する事に付随(ふずい)するあれこれを面倒なものとしか思っていない。

 彼らは自分の竜が充分な炎や酒や世話係を得て、竜と共に世界(ウェリア)の隅々まで翔け巡る事ができれば満足なのだ。

(だから竜を駆って新しい国を造ろうとする者はいなかった。宮仕えを嫌って、気ままにやろうとした者はいても。

 だが戦場における竜騎士の力を疑う者はいない。竜騎士とは《王国》の守護者であり、強制された平和の象徴、といったところか。

 どうもヴァルガスを満足させるには、ほど遠い答えだな……)

 ラヴァスは面白味のない自分の考えに苦笑いしながらも会話を続けるべく、口を開いた。


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