表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】おこもり奇譚  作者: 小浪来さゆこ(森原ヘキイ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/37

明日、デートするぞ②


 俺たちには、冷静になる時間が必要だった。


 当初の最終目的地だった旅館こしあんの前を素通りして、今は自分の足でしっかりと歩くユキとともに、アイビースクエアまでやってくる。


 紡績工場を複合文化施設として再生した広大な敷地内には、土産物屋や体験工房、記念館にホテルまで存在している。俺たちがまっすぐ向かったのは、一般客でも立ち入ることができる中庭広場だ。

 蔦でびっしり覆われている赤レンガの壁に四方を囲まれている様は圧巻の一言で、まるで西ヨーロッパ辺りにでも迷い込んだかのような錯覚を起こす。観光客や宿泊客の姿はなく、中庭の端にある池のほうから、時折、ちゃぽんと鯉が泳ぐ音がした。


 人に聞かれたくない話をするには些かオープンすぎるが、頭を冷やすという目的は、庭を通り抜けていく心地よい風によって十分すぎるほど達成される。

 お洒落な細工が施されたテーブルを囲む、同じようなデザインの椅子に腰掛けて、ようやく、ここまでずっと同じ方向を見てきた俺とユキの視線が合った。



「――よし。色々と複雑な話になる気しかしないから、落ち着いて少しずついくぞ。俺が進行するから、間違ってたら教えてくれ」

「……うん」



 丸いテーブルが邪魔をしていて俺からは見えないが、おそらくは自分の膝の上でくつろいでいるだろうキューちゃんに視線を落としながら、ユキが頷く。すっかり気が抜けて、心ここにあらずといった状態に不安を覚えるが、とにかく話を聞きたかった。



「まず、ユキはキツネのお父さんと人間のお母さんとの間に生まれた」



 そう。ユキは現代では珍しく、キツネと人間の両方の血を引いている。人間の血が入ってはいても、種族としては人間ではなくキツネに該当するようで、父親であるシキさんや、ノルさん、ゲンさんたち生粋のキツネと同じように、獣の姿をとったり、不思議な力を扱うこともできる。



「人狐や天狐――野狐(やこ)も含めて、キツネは自然界に生まれるものだから、基本的に親というものは存在しない」



 狐守の家系に生まれてきてしまった者として、両親から全くいらない知識を全く知らないうちに教え込まれている。ヤイバーマンに熱狂していた時代には、もうキツネに関する基本的なことは理解していた。



「でもユキには、ちゃんと父親も母親もいる。だから、ユキがさっきキューちゃんから感じた、お母さんの匂いってやつは……」

「ちゃんと、おかあさんのにおいだよ。ユキは、わすれてない」



 珍しく強い調子で言い切ると、ユキは徐にキューちゃんを抱き上げた。そのまま、だらしなく伸びきった腹に顔をぼふりと突っ込む。泣いているのかと思ったが、どうやら豪快に匂いを嗅いでいるようだった。キューちゃんがびっくりして……いや、喜んでいるのか。きゅ、きゅ、と楽しそうに身をよじる姿を半目で眺めてから、俺はひとつ咳払いをする。



「とは言うが、お前のお母さんは……」



 人間だから。どんなに長寿だったとしても、今を生きてはいないはず。



「うん、しんじゃった」

「……」

「ユキがうまれてすぐに、おかあさんはいなくなっちゃった」



 俺が狐し庵でバイトを始めたのは三ヶ月ほど前だが、ユキたちとはそれ以前から面識がある。だが、面倒な話が苦手な俺が積極的に避けていたこともあって、プライベートな話題はほとんど上らなかった。

 ユキに、このまま母親の話を続けさせてもいいのか。それすらも、人間的に未熟な俺には分からない。



「でも、ユキにはおとうさんがいたから。みんながいてくれたから。だから、だいじょぶだったの」



 ユキは、すぐ顔に出る。

 百年以上も昔のことを、まるで昨日のことのように悲痛な表情で話しながら、大丈夫だなんて嘘をつく。間近にいたキューちゃんも気付いたのだろう。ユキの頬にそっと擦り寄ると、慰めるように優しく鳴いた。



「でも、しばらく前に、おかあさんのにおいがして」

「しばらく前? さっきじゃなくて、それ以前にも同じようなことがあったってことか?」

「うん、そう」



 初耳だった。ユキと初めて会ったのは数年前だから、そんな事件が起きていたら俺の耳に入ってもよさそうなものだが。



「……待て。しばらく前、ってどのくらい前だ?」

「えっとね、えっとね……そのあとで、おとうさんと、おっきなけんかをしたから……」

「それって、十五年前の話か?」



 タイムリーにも、さっきノルさんが言っていた、十五年前の大戦争。概要は把握していないが、おそらく間違いないだろう。そう何度も激しく戦われても困る。ユキに確認すれば、そうかも、と頷かれた。


 ちょうど俺が生まれたころの話でも、長い刻を生きるキツネとっては、しばらく前という感覚になるらしい。改めて、人間の俺とは時間の流れが違うということを思い知る。

 とりわけ情が深く、母親のことを大事に思っていたユキが、別れの悲しみをいつまでも引き摺ってしまうことにも納得ができてしまった。並大抵の時間では、きっとキツネの心の傷は癒やしきれない。



「十五年前に、何があった?」



 まずは、そこからだ。おかあさんのにおい、とやらについて、もう少し情報が欲しい。

 キューちゃんを胸の辺りで優しく抱き締めながら、ユキがゆっくりと口を開く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ