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とある狐守の滑稽な日常⑤


「万年引きこもりのシキさんが出かけるって、珍しいですね」

「不定期に開かれる、いわゆるキツネの首脳会談的なやつッス。大事な御用なんで、あさってまで戻ってこられないみたいッスよ」

「ああ、なるほど。ユキは連れていかなかったんですか?」



 シキさんは、住居にしている旅館とほぼ一体化しているレベルの出無精なので、ごくごくたまーーーに、どこかへ出かけるときは、必ずといっていいほどユキと一緒だった覚えがある。数日に渡っての県外出張なら尚更、ユキはうっきうきでついていくと思ったのだが。



「今回も一応そのつもりだったらしいんスけど……どうやら、直前でケンカしたっぽいんスよね」

「ケンカ、ですか」



 ユキはともかく、俺はシキさんとはほとんど面識がない。この店の店長であり、天狐(てんこ)でもあるあの人に、新しく入ったバイトとして、また新米の狐守として軽く挨拶をした程度だ。無言かつ無表情で話を聞いていたシキさんが、俺の高校名を耳にした途端、席を立って店を出て行ったときは死ぬほどびびったものだが、基本的には無害なひとだと思っている。


 なので、あの親子の間に、ケンカという文字を当てはめても、あまりしっくりこない。ユキはあのとおり、反抗期とはとことん無縁だし、シキさんが愛娘を大事にしていることは、カフェの従業員みんなが知っていることだ。



「まあ、今回は口喧嘩の延長くらいのレベルだったんスけどね。けが人も出なかったし。……十五年前の大戦争に比べたら、なんだってかわいいもんッス」



 ひぃ、となにやら思い出したのか、ノルさんは掃除の手をいったん止めて、自分自身をギュッと抱きしめた。大戦争なる物騒な単語と、震えるノルさんのことは気になったが、俺はもうひとつの疑問の解消を優先させることにした。



「キツネの上のほうで、なにかあったんですか?」



 たとえ不本意でも、一応は狐守という立場である以上、キツネ界隈が騒がしいとなれば、それなりに気にはなる。たとえ不本意でも、ある程度の情報は得ておくべきだ。たとえ、どんなに不本意だとしても。



「オレっちみたいな、いち人狐(にんこ)には、上のひとたちの考えはよくわからないんスけど。ただ、最近ちょっと狐憑(きつねつき)の話をよく聞くなぁとは思うッス」

「狐憑……」



 正直、あまり耳にしたくない話題だ。狐憑が関わるとなると、必然的に狐守である俺が骨を折らざるを得なくなる。面倒事は、極力ご免被りたい。



「ま、狐憑が出たとしても、うちにはスーくんがいるんスから大丈夫ッスよ! 期待してるッス、()()()()()()!」

「なんのフラグですか。素人同然の俺にプレッシャーをかけるのは、やめてあげてください」



 ――お狐守(こもり)さん。


 それは、狐守という人間に対する、キツネたちからの愛称であり、最大の賛辞でもある。名誉なことではあるはずだが、だからこそ、俺はそれを受け取るつもりはない。今までも、これからも。



「スーちゃん! ノルさんも! はやくおててあらってきてー!」



 見た目は小学生のユキに、子どもを(たしな)めるように呼びかけられるのが、ちぐはぐでおかしい。俺は、いつの間にか俯けていた顔と一緒に、唇の端をこっそり上げた。


 ほんの数日間とはいえ、父親がそばにいないのは心細いだろうと思っていたが、俺の考えすぎなのかもしれない。少なくとも、ゲンさんお手製のまかないを、カウンターから大きなテーブルへと甲斐甲斐しく運び続けるユキからは、寂しそうな様子は微塵も感じられなかった。



「今日はリクエストにお応えして、ママカリにしてみました」

「マジッスか! やったーーー!! オレっちの大好物!!」



 ゲンさんの言葉に、ユキよりよっぽど小学生じみた反応を返した大学生は、掃除用具の片づけを放棄してすっ飛んで行ってしまう。やれやれと溜息をひとつ吐いて、それを回収すると、俺もゆっくり後を追った。




 従業員が全員キツネの、不思議な古民家カフェ()(あん)は、今日も騒がしい。

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