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「君も酔狂だね。こんな寒い日にウィスキー飲みながら散歩なんて」
「そんな気分だったので。なんかエモい気分になりたかったというか」
「へえぇ、面白いねぇ。ほんとにそんな気分なるの?」
ウィスキーをごくごくと飲み、瓶から口を外したところで彼女の唇の艶を見てドキッとする自分の心の閾値がめちゃめちゃ低くなってるのはきっとアルコールのせいだ。
少し彼女はよろめいて、一瞬俺にぶつかった。とっさに彼女の体を支えると彼女は少し赤らんだ顔でこちらを見上げた。
「ありがと、こんな風に一気に飲むもんじゃないね」
「そりゃそうですよ。大丈夫ですか?」
「一瞬フラっときただけ。大丈夫」
普通の飲み方ではなかったから彼女がふらつくのは当然だった。
「なんでお姉さんは散歩したかったんですか?」
「んー? 散歩したいっていうか、君が面白そうなことしてるからついてってみようって。ただそれだけだよ」
「面白そうですか? 酒飲みながら歩いてるのって」
「面白そうだよ。そういえばやったことないし」
「意外っすね。お姉さんなんでもやったことありそう」
空に浮かぶ月を見るように彼女は空を見上げた。また若干よろめくと少し考えているようにうつむいた。該当の光が彼女の長いまつげに反射して、その長さを一層際立たせる。
思えば彼女が考えているところなんて見るのは初めてかもしれない。いつも即答で、思っていることを表現できる人。そんな印象があったからかもしれないが。
「私は別にそんなすごくないよ。やってないことだらけだし、自分のやったことないことは不安だからやりたくないし」
「自分のやったことないことはやりたくないって、お姉さんそんなタイプに見えないっすけど。楽しそうだったらなんでもやるように見えます」
「そう見せてるからね。結局何も私はしたくないけど、そのままだとどんどんつまらなくなるでしょう。新しいことをしないとつまらなくなっちゃう」
「飽きるってやつですか」
彼女はうなずいて、今度は川の方を眺めた。川の水位が低すぎて月が反射してみえるなんてこともない、もはや川かどうかも注意しないとわからないほどだ。たいして街灯の光はなんとなくぼんやりと映しているのは皮肉なものだ。
「今度はなにしよっかな。楽しいことしかしてないからそういえば嫌なこととか全然やってないや。もっといろんなことしないとな」
彼女はそうつぶやいて、俺の手からウィスキーをとってあおった。彼女の足取りはしっかりしているが、こういう飲み方を全くしていなそうで心配になる。いや俺の頭の中では心配させてくれている、といったほうが正確だろうか。
冷たい風が強く吹いて、木の葉がかさかさいうのをBGMに五分くらい歩いた。その間俺も彼女も無言。お互い好きなところを見てぼんやりと歩いていた。
「俺、こういう風に歩いてると、全然違う場所についてることあって。気が付いたらすごい遠い場所で、終電もない時間だからまた歩いて帰らないといけなくなる。みたいな」
「散歩してたら時間感覚おかしくなるってこと?」
「そうそう、そんな感じです。現に今何時かわからないし」
「確かに全然わかんないや。私も時間感覚おかしくなるタイプかも」
口に手を当ててクスクスと笑う彼女はそういいつつもスマホを確認するでもなくただ俺の方を見てくれた。
「なんか顔についてますか?」
彼女があまりに俺の顔をまじまじと見るからつい聞いてしまった。
「ううん。別になんにもついてないよ」
彼女はそういうと視線を前に戻した。
「ちょっとごめん、電話きてる。まってて」
数分後、彼女はそういって少し離れた川辺のところで電話を始めた。俺は立ち止まった彼女を見つつ暇をつぶしたが喉が渇いたため近くの自販機で飲み物を買った。あったかい飲み物を買ったため、彼女は一瞬恨めしそうにこちらをにらんだ。
「はい、失礼します。はい、はーい」
彼女が電話を終えるとまたこちらを睨んだ。
「喉、私も乾いたんだけど」
「どうぞ、お姉さんも飲むかなって。買っときましたよ」
彼女は目を丸くして口をパクパクさせた。そんなに驚くようなことだろうか。でもそのかわいい反応を見ているともう一本買ってよかったと思う。
「開けて」
ありがとうより先にそれかよ。買わなきゃよかった、と思った。