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16 横槍


 逞しい両手でジルベルタを支えながら、アルノルドは笑う。そしてすぐに視線はリベルトに移された。


「失礼。話が聞こえてしまったのですが、貰い手ならここにおりますので、ご心配なく」

「アルノルド!」

「なんだと?」


 冷静な表情のアルノルドを、リベルトは困惑した様子で睨み付けた。

 そっとジルベルタの体からアルノルドの手が離され、ジルベルタはよろけながら後退する。一方のアルノルドは反対に前進した。

 アルノルドとリベルト。並び立つと両者の体格は全く違う。背は高いが痩せ型のリベルトより、アルノルドの方が一回りは身体が大きい。全体的に厚く、武人であることを嫌でも感じさせる。リベルトもそれに気づいたのか、小さく「兵士か」と呟いた。

 

「騎士ですよ」


 アルノルドが答える。

 騎士と兵士の違いは明確ではない。騎士とは国王陛下から称号を与えられた貴族とその子息を指し、兵士とは騎士を含めた国の兵を指す。アルノルドがあえて訂正したのは、自分が貴族ということをリベルトに示すためだろう。

 しかし騎士貴族には侯爵のような高い身分の者は現在存在しない。よって、騎士だと明かすことは身分が下だと明言するようなもの。

 もちろん。隠すことなどできないし、名乗るのが普通だが、ジルベルタにはアルノルドの言動が奇妙なものに映った。

 リベルトもまた奇妙に思ったのか、眉を顰める。しかしすぐに笑みを浮かべて、アルノルドに下がるように命令をした。


「なんだか知らないが、騎士ごときが口出しすることじゃない。下がりたまえ」

「いいえ。先程申し上げた通りです。ジルベルタの貰い手ならここにいる。無関係ではありません」


 アルノルドは迷わず答えた。


「貰い手? 意地汚く話を聞いていたならわかるだろう。俺は侯爵。お前は? 子爵か男爵だろう? 侯爵に逆らうのは得策じゃないのはわかるはずだ」

「おっしゃるとおり今は子爵です。ですが、あなたに逆らうことはできます」

「アルノルド待って、ダメよ、ちょっと落ち着いて」


 ジルベルタは慌ててアルノルドの前に入り込み、その胸板に手をやって体を押した。静止してほしい。そんな気持ちが込められた手だったが、生憎とアルノルドを物理的に押し返すことはできない。


「大丈夫だ。ジルベルタ」

「何が大丈夫よ! 大丈夫じゃないから止めてるんでしょう。リベルトも少し落ち着いてください」


 振り返れば、リベルトは険しい顔をしてジルベルタとアルノルドを睨む。


「その無礼な男はなんだ」

「ジルベルタの幼馴染です。以前もお会いしてますよ。覚えてないようですが……」

「幼馴染だと?」

「そうです、今までは。近いうちに夫になりますが」

「アルノルド! どうして挑発するの!」


 冷静そうに見えて、実は興奮していたのか、アルノルドの言葉は棘を大量に含んで、リベルトを刺そうとする。リベルトもそういう態度でこられれば後に引けないだろう。

 ジルベルタを挟んでもはや掴みかかりそうなリベルトとアルノルドを見て、ジルベルタは焦る。


 ――どうしよう!


 その時だった。


「? どこかで見たことがあるな……」


 リベルトが言った。


「結婚される前にお会いしました」


 アルノルドがさらりと答える。リベルトはその答えを受けて、腑に落ちない。という顔をして首を傾けた。


「いいや、もっと最近だ。どこかで会ったはずだ。いつだ。お前は誰だ」


 アルノルドが納得したように頷いた。


「ああ、王城でお会いしたかもしれませんね。と言ってもご挨拶はできませんでしたが。名乗るのが遅れて申し訳ない。アルノルド・オルフィーノ。陛下からは子爵位を賜っております」


 一瞬険しい顔をしたリベルト。しかしすぐに驚愕に目を見開いた。

 ジルベルタが困惑して二人の顔を交互に見るが、どちらも言葉を発さない。しかし明らかに狼狽えた様子で、リベルトが後退した。


 ――え、なに? どうしたの?


「黒騎士……黒騎士アルノルド・オルフィーノ」


 リベルトが呆然とつぶやいた。

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