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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第一章 旅立ちから
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■07■ オルガン編 第2話『アンカンサーン山岳寺院と巨神マダ』



 オルガンが鋼の種族と告げた高僧、ダイネンは、己の私室に彼を招いた。

 古い書物の香りが濃く漂う場であったが、片付けられた床に布が敷かれ、干した魚や野菜、穀物のにぎり飯、赤い木の実の浮いた汁物などが


「ご馳走になります」

「気になさるな。さて、我らが崇め奉る巨神マダに感謝を」

「……感謝を」


 食事の挨拶に付き合い、短く手を合わせる。

 巨神マダ。天地を貫くほどの巨体を備え、偏見や誹りを嫌い、かつて雷神と争った際は打倒せしめたという逸話をもつ。母神キーン、父神チヤヴァナカンよりその体躯と力は受け継がれたものだと伝わっている。

 かつて大地に大きな滅びが満ちようとした時、四肢を犠牲に、世界を救った。

 その時に滅びは回避されたが、そのかわりにこの世に『賭博』、『姦淫』、『命を貶める狩り』、『酒乱』の悪徳が生まれたとも。

 身体を失ったかの神は、そのまま神界へ旅立ち、その後も世界を見守っているとも。


「へぇ、そんなお話があるのですね」

「さて、鋼の種族たる貴方様においては、その頃のお話をご存知で?」

「あはははは」


オルガンは言葉を濁したが、伝承についてはっきりと知っていた。

 巨人といえば、鋼の種族もその一つであるが、巨人、または巨神と呼ばれる種族は彼等だけではなかった。始祖アイガイオーン、その兄弟と戦った巨人もまたいたのだ。

その一人がハーダド。伝承としてはマダの名で伝わる巨神。

喧嘩した雷神というのが、アイガイオーンの異母兄弟である隻眼のアルゲース、東に伝わった際には逸話の幾つかがインドラ神と統合されたのだが、いわゆる『眠らなかった鋼の種族』なのだ。

アルゲースは当時の大戦争も生き延び、のちには神族として神界へ旅立っている。

 打倒されたとは伝わっているが、実際は散々に暴れたあとに共倒れしたのだ。

 戦争とはいえ、大半は生と死が今ほど明確でなかった神代の頃の存在である。実際に死に瀕したのは、それこそ大戦争の開始当初に問答無用で殺し合おうとした龍種とその敵となった者や、現在の地獄や冥界と呼ばれる場所を統べることとなった冥界神や地獄神といった最初に死んでしまった神々くらいだろう。

 当時の古エルフだの古ドワーフでさえ、時には龍種や神を討滅せしめたし、そのあとに復活を遂げた種族や神だって枚挙に暇がない。これだけでも当時がどれだけ混沌としていたかわかるだろう。


「もう、遠い昔でしかないのだろうけど、たくさん大切な人もいたし、たくさん敵もいたよ」


曖昧になった記憶も数多いが、覚えている記憶もある。

 名も知らぬ白い花が一面に咲き誇る、月明かりの下に広がった花畑。

 遠く飛ぶ鳥が夕焼けの空に消えていった日暮れ。

 山脈に吹き荒ぶ、風の中で見た雪に染まった一面の銀世界。

 どれだけの夜と、どれだけの昼を生きて来たのか、もうわからない遠き日。

 白い花畑で振り返る、灰色の長い髪をなびかせた姉の姿。

 彼女は目覚めなかった。眠り続ける者達と、自分達は何が違ったというのか。

 つい、腰の自在剣に触れてしまう。


「我々、始祖から数えて孫にあたる代には、世は移り変わろうとしていた」


 死が隣人のよう親しくなった頃が、神代の終わりであったのだろう。

 死せるものは蘇ること叶わない。そう、世界が厳格なルールを定めた頃が。

 神は寿命を持たずも、永劫に世界を支配することを拒んだ。

 巨人は長き命だが、この世を自身で均してしまうのを嫌った。

 龍は、時に自然と同じであったが、自らが季節を乱すことを厭った。

 そうして、この中央界、いや、今の言葉で単に世界と呼ぶ場は、人や、獣人、ドワーフやエルフ、魔族や竜人族、常世の法のみで命を動かす者達が主として生きる場となったのだ。ただし、神性存在、神や龍が経路を残したことによって、それぞれの領域や世界は、ほんの薄皮くらいの距離で常に隣り合っていることとなったのだが。

 そういった話を独り言のように紡いでいると、ダイネンは短く頷く。


「たまさか、目覚めることになりましたけど、我々の役目というか、時代はもう終わっています。悪神が亡び、加護だけが呪いのようにこの世界には残りました。けれども人が生まれて栄え、ドワーフやエルフの多くが神性を手放し、獣人が知恵を得て、数多の種族の何割かが、呪いを拒んだ。そうやって、技術と、文明と、信仰で培ってきたのが、今の世界なのだろうと、僕は信じています。だから、まぁのんびりやりますよ」

「聞けば聞くほど、鋼の種族というのは、不思議な方々ですなぁ」


力を持ち、龍に並んだ偉大なる種族。

 ただ、その力を行使することは望まなかった。

 別の世界で、新たな秩序や自分達の変わらぬ在り方を望まなかった。


「まぁ、始祖の頃は、そんなことを考えるだけの知恵がなかった、とも言われました。そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」


偉大なる始祖、アイガイオーンは空を見た。地を踏みしめた。


『この広き世界の何処に境界がある? 敵はいないのだ。獣を食い、草を食み、時に争うことはあろうとも、我々もまた土くれとも、風とも、水とも変わらぬものなのだ』


 はじめに真理があった。そしてガイアと生じ、ティアマトにより育まれ、テスカトリポカと共に成長し、大いなるミカボシによって運命と命脈が定められていった世界というゆり籠。そして、定められたところの破滅、悪神も、大きな獣も、星辰の外から至る神も、全てを乗り越え神代の歴史は紡がれていった。

 そこにいた鋼の種族。

なんとも、偉大な存在であろうかと、ダイネンは唸る。

彼が深く思考に沈んでいる間に、オルガンは食事を平らげ、いつのまにやら寝息を立てていた。

 なんとも、偉大な。

 それでいて、なんとも面倒くさがりな、種族もいたものだとダイネンは微かに笑った。



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