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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第一章 旅立ちから
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■05■ グレネット編 第2話『彼は冒険者になった』


 真名を石くれ(ラピス)。今の名をグレネット。かつていた鋼の種族において、ドワーフとの関りが最も深き者の一人。祖父に始祖アイガイオーンを持つ鋼の種族における第三世代、神に等しき始祖の持ち得た神性も薄れ、やがて地に満つ他の種族と同じ、そう大きな魂の力を持たぬようになる寸前の世代。

 いわく、神代から英雄の世代、その狭間に存在する者。

 世代においてはクロウ、オルガンと同じだが、彼らの世代は肉体において始祖や父祖の代より神性が薄れ、巨人体、空間渡り、鋼の躰、自在剣という種族としての特性こそ失っていないが、その強さは比べるまでもない。

 始祖アイガイオーンは、その体躯で天を貫き、空の果てまで頭が届くほど大きくなった。

 始祖アイガイオーンは、その一歩で異界を飛び越えた。

 始祖アイガイオーンは、その鋼の躰をもって、空の果てから落ちた流れ星を受け止めた。

 始祖アイガイオーンは、自在剣で大地を切り分け、空を掻き回した。

これだけの逸話を聞けば、始祖がどれだけ途方もない存在だったか嫌でもわかるだろう。

だからこそ、始祖の頃に生きた者達は、その存在の巨大さを理解し隣り合う異界へ去った。

神へと位階を進め神界へ渡った神族達。

その巨体をもって、隣の異界へ渡った巨人達。

その業をもって、隣の異界への通路を作った龍達。

その力によって、揺らぎの妖精郷を生み出した妖精種達。

そして鋼の種族。

まさか、別の異界に渡るでもなく、この世界の礎になろうと眠り、大地と一体化しようと思う者がいるなど、誰も思わなかっただろう。

そんな規格外の存在の残滓、石くれ(ラピス)

彼の名の由来は、生まれてすぐに集めた石で積み木遊びしていたことである。

巨人体で石をがちがちと鳴らしながらどんどんと積み重ねていく。

重ねた石がついには岩山となった事にちなんで石くれ(ラピス)になったのだ。

 ちなみに彼、眠りを選ぶ前はその怜悧な容貌、整った容姿から他種族から嫁にしてくれと言い募る者が後を絶たなかったという伝説まである。

 そんな青年が何故、眠りを選んだのかはまた別の話。



 魔獣の暴走から明けて翌日。

 宿無し金無しのグレネットは、教会の広間で毛布をかぶって眠り、朝は炊き出しに並んでいた。おおよそ数千年ぶりの食事は、野菜の端や麦の煮込まれた緩い粥の如きスープだった。

 量だけはある炊き出しを口へ運び、僅かな塩味やかすかな肉の香りを味わう。

 美味かった。

 熱々の汁が食道を通って胃へ下る感触は久しぶりであった。

 舌が動き、胃が脈打ち、薄れていた臓器の感触が取り戻されていく。

 まさに生き返った、目覚めたことの実感を味わっていた。

 鋼の種族はひととせの間、飲み食いせずとも飢えて死ぬことはない。休眠をとれば、その間は年を取ることもない。ただ、食事という行為、僅かばかりの飲み食いは、生きているという感触を確かめるには十分な行為だった。

 一礼して椀を帰すと、昨日に世話になった僧侶に声を掛け、仮の身分証を一筆貰う。

 その様子を見ていたシスターの一人が、ふと首を傾げる。「あの人の衣服、昨日あれだけ魔物の返り血で汚れていたようだったのに、今日は汚れていなかったわね?」と。

 着替えたのかしら? と、勝手に納得し、気にすることはなかったが。

 

 冒険者ギルドに顔を出す。

 腰に革帯で抜き身の剣を吊った、荷物一つ持たぬ青年。

 切れ長の眼に、長身の身体を覆う筋肉。

 そのまま受付の前に立つと、グレネットは落ち着いた声で受付嬢へ声を掛けた。


「昨日の、防衛に参加したのだが」

「あ、はい、えーっと、お名前を」

「グレネット」

「お、お調べしまうので少々お待ちを」

「頼む」


受付の奥へ引っ込んでいく。受付嬢を見送り、カウンターへ腰を預けるように身体から力を抜くグレネット。ぼんやりとした視線で、冒険者ギルドを眺めた。

 剣や槍、弓矢や杖で武装した人々に、くすんだ色合いの床や壁。僅かばかりこちらを注視していた面々も、多くが自らの仕事を求めて仕事の張り出された掲示板へ群がっていく。

 こちらに視線を向けているのは数人、なにかを測るような気配を感じたが、敵対的でなければ構うこともない。そもそも、剣しかぶら下げていないとはいえ、こんな筋肉に包まれた大男に喧嘩を売りたがる人間はいない。


「すみません、お待たせしました。グレネットさんですね、えー、回収された魔獣の数から討伐数の割り出しも終わっています。これが報奨金ですのでお確かめください」


 革袋で提出された硬貨の数を確かめる。

 金貨、銀貨、銅貨がどさどさと入っていた。

 現在の金銭の価値や討伐成果としての妥当性こそ分からないものの、割れた硬貨や重さの違うものが混じっていないかだけを即時に判別し、そういった悪質な真似がないことを確認する。

 革袋の口を閉じると、肯定を示す浅い頷きを受付嬢に示した。


「あわせて、冒険者として登録してもらってもいいか?」

「はい、初登録の場合は銀貨1枚が必要になりますが、初めてですか?」

「あぁ、登録したことはまだない」

「わかりました。それでは登録用の用紙に記述をお願いします。出身と習得済み技能、または職能をお持ちの場合はそちらも、あとは得意とする武器があれば記載を願います」

「……これでいいか?」

「えーっと、古い字体ですね。まぁ共用語ですから大丈夫ですけど」

「そうか」


古ドワーフや古エルフを始めとした神代の末期に存在した種族間での学術交流や国家間の条約締結の為に共用語が生み出されたのだが、まさか目の前の相手がその当時を知る存在とは思いもしないだろう。

 結果として名前と得物が剣であることだけ記載した申請書で受諾された。

 目の前に金属製の小さなプレートが提示される。 


「はい、それではこちらをどうぞ。プレートに刻印されているのは名前と階級だけですが、窓口でのみ読み取れるよう功績の記録もプレートの中に行われます。初級は一律銅の13級からのスタートで、鋼、銀、金、七色と代わります。詳しい話はまたお時間ある時にでもお尋ねください」

「そうか。助かった」


目の前のプレートが魔術的な彫金がされていることを確認し、名前の記載と彼女の説明した冒険者異界級を示す印を見る。他にも、なんらかの情報の読み書きをする為の層がプレートの内部に仕込まれているようだが、わざわざ詳しく調べる必要もないかと、グレネットは首から冒険者プレートをぶら下げた。

 目指すはドワーフの国。

 グレネットは準備を始めることにした。



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