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■57■ 終章 『大地の化身は世界と共に』


 砂漠の中央、かつてあって大国の廃墟に倒れ伏したクロウの傍に、急ぎ駆け付けた影があった。

 庭師の恰好をした青年、オルガン。

 冒険者の装いをした男、グレネット。

 厳しい顔をしたグレネットの顔には、焦りと、それに加えて怒りがあった。


「どうして」


 絞り出すような一言に、続く言葉はなかった。一人、こんな真似をした同胞に対して、命懸けで世界を救ったという愚行に対して怒りはあるが、それとてそれ以外に手がなかったからだろうとい理解もある。だとしても、こんな、軽々しく抱え込んでいていたものを放り出してしまうような真似は、あまりに、哀しいではないか。


「だ、駄目だよ。こんな、こんなところで、ひとりぼっちで」


砂と、そして泥で汚れ、乾いた風に晒されたクロウに対し、オルガンの顔には涙が浮かぶ。

 だって、まだ始まったばかりだった。自分だって、働いて、悩んで、周りのみんなと一緒に生きて行こうって、歩き出したばかりで。帝都の光景を二人にも、いつか紹介して、お酒を呑んで、楽しく笑ってみたいと思っていた。

 それなのに、こんな。

 こんなあっけない、路傍の石のように転がってしまうようなことがあるなんて。

 涙が止まらない。

 どこかで、自分達に勝てる相手なんかいないのだから皆問題ないと思ってた。

 そんな、思い上がりがあったのに遅く気付く。


 二人の胸中がちりぢりに乱れる中、呼吸の音が、ゆっくりと戻るのが聞こえた。

 これほどまでに大きな力を振るったうえで、彼は。


 命を、手放してはいなかったのだ。


 さすが鋼の種族の不死性。頑丈さ。

 驚きに二人の方こそ心臓が止まりそうになる。

 あわせて、なにかの神様の加護かそれとも幸運の賜物があったのも確かだが。

 とにかく、生きてさえいれば、手当さえ万全ならどうとでもなるだろう。

 

「さ、三人の中で治癒が一番上手いのは?」

「クロウ」

「さ、三人の中で一番、この世界の有力者に話が通じるのは」

「クロウ」


そこまで考えて二人の顔色が真っ青になる。

 鋼の種族を治療出来るような知り合いに心当たりがない。


「やれやれ、また派手にやったもんじゃのう」


そこに突如として現れたのは、強大な気配を備えた老人。

 外見的には好好爺といった印象だが、底知れぬ気配のある男。


「え、もしかして、貴方は」

「久しぶり、と言うてもわかるかの? 儂はヴリドラ」

「………大昔にこの馬鹿(クロウ)と大暴れしたことのある、あの?」

「ほほほ、そんなこともあったの。懐かしいのう。じゃがそれよりも」


複雑怪奇な術式が瞬時に組み上がる。竜の魔力によって行使されるこの世界でも有数の魔術式。

 それらが傷つき、倒れ伏すクロウを取り囲み、魔力によって肉体を癒す。


「ぬ、これは」

「え、なにか!?」

「どうした!?」


呆れたような、それでいて怒ったような口調でヴリドラが術式を重ねる。


「この阿呆、自身の神性を根こそぎ使っとる。下手したら魂が消失しているぞ」

「神性を根こそぎ!? そんな状態でどうやって体を維持したの!?」

「待て! そうすると鋼の種族としての力は」

「大半が失われただろうの。回復するかは知らんぞ」

「………なんで、クロウは生きてるのかな?」

「………わからん。ヴリドラ殿、そのあたりは?」

「鋼の種族だからじゃろう? 言っておくが、お前らがまともに死んだの悪神との戦いだけじゃからな?」

「あ、うん」

「そうだったな」


鋼の種族として名のある戦士は多いが、その死が記録として残っている文献は少ない。

 何故なら、大半が記録の残せぬ悪神との戦いで戦死したか、または散々に戦って死にぞこなったか。

 そのどちらかだからだ。

 結果、時代の中で神性を徐々に失い消えていったか、今も地の底で眠っているか。

 ろg他の世界に移ったものもいるかもしれぬが、少なくとも戦いにおいて易々と死ぬ存在ではなく、類稀な不死性と頑強さはそこらの神格ですら滅すること叶わぬだろう。

 特にクロウに関しては海神だの炎神だの、およそ語り尽せぬ強敵と喧嘩をしてきたのだからその強さたるや群を抜いている。

 そりゃあ、神性程度を失おうと、死ぬわけもないかと納得する。

 そうして、治療の終わったクロウを砂と埃の中から引き摺り出す。仕立てのいいスラックスもシャツも随分とぼろぼろになっており、誰かが縫い付けたであろうお守りが懐から零れ落ちた。

 気付いたグレネットが慌てて拾う。

 綺麗な刺繍に彩られた護符のはいったお守りは、煤けているがその色鮮やかさを失ってはいなかった。


「これは」

「ほう、あの嬢ちゃんか。これっぽっちとはいえ巨人族の業だ。この世に繋ぎ止める役を見事に果たしおったな」

「嬢ちゃん?」

「この男の恋人じゃよ。だいぶ良い仲の」


「「はぁ!?」」


仰天の新事実に叫ぶ二人。いるのか、この男に。


「今じゃ賢いゴーレムまでこさえての、随分と楽しそうに暮らしておるよ」

「………俺達の中で一番いい生活してるんじゃないか、こいつ」

「僕も貴族の庭師やってるけど、それより悠々自適みたいだね」

「おい待て。もしかして冒険者の俺が現状だと一番面倒事抱えているというのか?」

「いやそれは、グレネットだし」

「ま、まだ、女関係で騒ぎは起こしてないぞ」

「時間の問題だと思うけど」

「ぐっ」

「ほっほっほ」


クロウを背負ったグレネットが歩き出し、その隣にオルガンが並ぶ。あとにヴリドラが続く。

 大いびきと共に眠るクロウは、帰った時にそれはそれは怒られるのだが、今はまだ夢の中。

 そうやってかつての都市をあとにした四人は、砂塵の中に消えていった。


 いつか。

 混血の巨人と、鋼の種族の間に赤ん坊が生まれるかもしれない。

 その子をあやすゴーレムは、怪力の赤ん坊に放り投げられる日々に退屈しないだろう。


 いつか。

 軍人の女性と、庭師の少年が恋に落ちて。

 華やかな世界を舞台に、争乱に巻き込まれる時代があるかもしれない。


 いつか。

 とある冒険者が、女性関係の所為で世界を掻き回すかもしれない。


 しかしそれは。

 また太陽と月が幾度となく巡ったあとの事だろう。





以上で完結です。

元々はオルガンのお見合いパーティのあたりでラストエピソードの予定でした。

ゴーレム君登場&盲目領観光をつい追加してしまいました。ごめんなさいね!

以降、追加エピソードを書く可能性もありますが、ひとまずおわりです。

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