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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第五章 同じ阿呆なら踊らねば損
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■56■ クロウ編 第27話『終わりの夜。そして』


 結論から言えば。

 彼は間に合わなかった。

 この世界を渡れる力も、幾つもの奇縁も、これまでの経験も。

 それらの要素が合わさっても、神代の時代を知り、彼以上の経験を重ね、新芽が枯れ果てるほどの時間を己の執念に費やした者が居たというだけだ。その滾るような恩讐の果て、今への怨嗟がなにもかも上回っていた。


 その日。

 世界の全てが夜に飲み込まれようとしていた。


 虚神ウル。

 かつて狩人の神として存在していたウルと天地を貫く虚無の渦が同一化し産まれた虚ろの神。

 意識も、目的も、理由も、その全ては存在しない。

 焼き尽くされた虚無の神性、それらの集合体。

 神性を以て虚空を成す概念。全ての形を失わせる為に生じた現象。

 神界との繋がりも、龍の領域との境も断たれた。本来なら存在しえないほどの濃厚な神性に対して常人であれば意識を保つことなど不可能な威圧を放ち、この世界を飲み込まんばかりの巨体は頭上の天体を全て覆い隠すほどに大きい。

 真黒な絵の具で、夜空を塗り潰していくよう星の輝きが消え失せていく。宙と地の間を、虚神は隔て、この大地を、この星を飲み込もうと自身の縄張りを広げていく。遠く、雷光のよう煌めく光が闇を払った。おそらく一級の英雄、それこそ神代の獣にも立ち向かえるであろう者の放った攻撃であったのだろう。

 だが、退しりぞいた闇は、再び輪郭を取り戻し範囲を更に広げていく。


 星の終わり。滅び。

 それが今、全てを飲み込もうと闇を広げる。


 どことも知れぬ街角で虚神を見たクロウは、役割を、目覚めた意味をその時に悟る。

 虚空を断つ。鋼の種族が自在剣を手にし、既に通った段階だ。

 しかして、天体を覆うほどの虚空をどのように断つというのか。

 それもまた、理屈だけなら既に通るのだ。

 物理的に存在しないもの、相対的に物質に反するもの。

 結果として全てを飲み込むとして、それぞれで過程が異なる。

 そして物理的に存在しないものが、存在するものを飲み込もうとする場合、色を塗り潰すように、自身の属す存在しない領域へその存在を転換しているのだ。

 少なくともクロウはそう解釈していた。

 転換、ということは物の形を変えること。氷が水に、水が蒸気に、その逆も含め形態の変化に伴うのは熱量であり、熱量に変わるもののやりとりとは何か。それは情報、存在の証明という事象の改変。

 そこにある、から、そこにない、に書き換える。置き換えていく。


 歩き出し、虚空の真下、かつての大国が滅んだ砂漠のど真ん中に立つ。

 クロウの顔には、無表情ともとれる静謐が浮かぶだけ。


 そうせねばならぬなら、そうするだけだ。

 鋼の種族とはそういうものだ。


 虚無と言う存在とて世界の摂理の影響を受ける。

 ならば自在剣でより強力な、莫大な情報でやり返してしまえばいい。

 自在剣は剣であり神性の発露だ。より過大な情報量、存在の物量があれば転換を阻害し、逆に押し返すことが可能だ。同等、または過剰な出力をもって神性を備えた虚空を打ち払い、その事象を無効にする。

 理論だけでいえば、より大きな神性をもって虚空を退けてしまえばいいのだ。

 では、その神性とは?

 

「星一個分を精錬し、叩きつけてやらぁ」


この大地は、幾万年、もしくはそれ以上の長い期間をとある種族の神性によって育まれてきたのだ。

 それこそが、鋼の種族。

 魔力の拡散を防ぎ、亜人の形態を守り、この世界の雛型を作った要素の一つ。

 龍と共に、他の種族と共に、永く永く培ってきたもの。

 それが今、クロウの構えた自在剣を媒介に、世界に満ちる神性や、神性より神秘の比率の落ちた魔力が、一斉に集まろうとしていた。


 過去に父と見た、遠き水平があった。

 潮風の吹く波打ち際の光景。


 別れを数多く体験した大いなる悪にして神との戦場があった。

 誰もが死を賭して戦った。多くが帰ってはこれなかった。


 旅立つ兄を見送る荒野の始まりがあった。

 遠く、どこかへ続く道程どうていがあった。


 近くに見た、世界一の霊峰からの景色がある。

 空は果てなく頭上へ広がり、どこまでも凍った空気の世界。


 薄暗く深い、大きな樹海の奥底の様相がある。

 それは、終わったはずの物語のはじまりであった。


 龍の領域という、こんな自分を受け入れてくれた新たな故郷。

 小さな家族と、新しく得た家があり、平穏という憧れた時間。


 そして。

 愛しい人との、生き直したような生活。


 その全てを、その多くを、それらが心の奥、魂を炉にする。

 呼吸のたびに熱量が上がる、手の中の剣が徐々に重くなる。

 脳内のあらゆる場所が幾つもの線で繋がり、手の中に収束していく大いなるものを制御する。


 ぐいと、地面から『りつ』を引っ張る。

 因果律、存在の根幹、世界に根差した法の一糸。


 その影響によって、世界という布から、鋼の種族に関わる事象が一度に抜き出された。

 ぷつんと、一塊に寄せ集められた膨大な神性という力。

 それはかつて世界を形作った根源にて神秘そのもの、事象を変換する力そのものだった。

 しかし、そんなものを一か所に集めればどうなるか。

 世界そのものがたわみ、中心地から順に崩壊してしまう。

 そうなる前に、クロウは振りかぶっていた。

 重く重く、通常なら誰も持てない一握りの剣。それを全身に宿る力をもって引く。


 それにより、自身からも。

 鋼の種族、血の根源から繋がる幾多の要素が引き千切られる。

 それらもまた、神性の収束、魔力の変換、事象の転換によって奪われた要素であるから。

 それでも。

 背中にある大事な存在の為に、一切の躊躇はなかった。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


雷鳴より、地震より、噴火より、もっともっと大きな鬨の声。

 天地を振り払い天を横断する真っ白な光が闇の繋がりを一閃する。

 虚神の身体に亀裂が入る。

 身にまとった闇が吹き飛ばされていく。

 宙を断ち、天を穿ち、闇を貫く。

 自在剣が今、遥か過去に行われた天と地を分ける割断の儀を再現した。

 振り抜かれるまでは一呼吸、いな刹那の時間すら必要なかっただろう。

 それだけで全ては決していたのだ。

 

 ここに、おれはいるぞ。


 そう虚ろなる神に告げた一人の男は、星すら覆う闇より深い夜を打ち払った。

 自らすら、その虚神にくべた、誰とも知らぬ実行者にも向けて。

 自在剣は根元から刀身が砕け散り、ゆっくりと倒れ伏すクロウ。

 彼からは、存在の根幹から全ての神性が失われていた。

 世界に戻っていく多くのものの中に、自分が零れ落ちていく。

 彼は成し遂げ、そして力を失ったのだ。

 己を形成する要素を。永遠に。



次回にて最終回を予定しています。


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