■54■ クロウ編 第26話『真祖決戦』
ポールドマグアナック・ゲインスタッド教授。
教授という尊称の名で呼ばれていることからも解る通り、吸血鬼にしては『珍しく』人類文化に精通し、様々な学問を修めた賢人である。真祖という強大な力を備えながら、良識と常識を兼ね備え、帝国領土内での吸血鬼自治区設立の交渉、吸血鬼医療財団の設立援助と、その偉業は枚挙に暇がない。
性格は温厚、まさにジェントルマンといった容姿と口調であるが、実際は少し抜けた部分もある気のいい老人である。
リビングで紅茶を口に運ぶ姿も実に様になっているが、ちょっと左腕と下半身が行方不明なのが気になるくらいだ。断面はコールタールのような真黒な物質に覆われていて、損傷の度合いは判別できない。
「助かったよ。さすがに真祖同士の争いはどう転んでもおかしくなかった」
「あー、まぁ自分としては敵対した相手を叩きのめしただけなので」
対面に座るクロウは、ふわりと飛んできたティーカップを受け取り、こぼれていない紅茶に口をつける。
場所は帝国首都に聳えるホテル・エンデミニオン。帝都で二番目に高い建物の最上階だ。
海外王族の宿泊に用いられるような建物の一つであったが、その窓は吹き飛び、床には虫の息の真祖が転がったままだ。
真祖、オリエントブルー。
真っ白な髪を撫でつけた痩せた男は、まるで焼死体のような様相で溜息を漏らしていた。
「………鋼の種族が奇襲とは、少しばかり行儀が悪いのではないかね?」
そう呟いたオリエントブルーに対し、クロウは真顔で答える。
「戦いならなんでもするぞ。俺は」
真正面から叩き潰す以外もやってのけるからこの男は畏れられていたのだ。
それを年若い真祖が思い出すには少しばかり遅かったが。
隔離結界内で戦っていた真祖同士に割って入り、そのまま一撃でオリエントブルーを両断。そこに教授の放った高位の魔術によるプラズマ化した炎の弾丸が続けて叩き込まれ、オリエントブルーが御覧の有様という一幕があったわけで。
人間に知覚すら難しい領域、1秒にも満たない時間で決着はついた。
「まぁ、一応尋ねるが『もう戦いは終わりだな?』」
「あぁ、間違いなく」
「あぁ、残念ながら」
二人分の言葉により終戦の確認を終えたクロウは、そっと掌を腰の自在剣から離した。
「それで何故こんな街中でこんな戦いを?」
「ふむ、その話の前に少しばかり風通しがよすぎるので戻すよ」
教授が指を鳴らすと、砕けていた窓ガラス、汚れていた室内が一瞬で復元されていく。
まるで時計の針を逆さに動かしているような光景を経て、全ては『元通り』になった。
「やれやれ、久しぶりに大暴れしたもんだから、随分と力が目減りしてしまったよ」
「我々が本気で殺し合いをするなど、滅多にないからのう」
身体が半分ほど再生したオリエントブルーが浮かび、ソファーの一つに腰掛ける。
真祖レベルになると生半可な事では死なない。
同位階の真祖か、それとも神性を有した亜神の類、または神代に存在した他の種族に等しい力量備えた存在でもなければ怪我を負わせることすら困難である。ちなみに真祖を殺しかねない攻撃が自在剣による幾つかの剣技であるが、クロウはまだ使っていない。
「実は、教授の所有するアーティファクトが欲しくてね。話し合いで互いに納得できないようだったので戦った」
「扱いが困難なものだからね。私も研究資料として所有しているが、他の者に渡すつもりはないよ」
「それはどんなもので?」
一瞬考える素振りをしたものの、素直に教授は口を開いた。
「数百年前に討伐された亜神の遺骸だね。僅かばかり神性は残っているから、扱い次第では新しい神様もどきが生まれかねない」
「いや、処分しろよ」
「まったくだ、危険だから破棄しろと口を酸っぱくして言ったんだが」
二人揃って突っ込むも、教授は肩をすくめる。
「どうやって? 下手に拡散させたらどうせ厄介ごとになる」
「神界に引き取ってもらうのはどうだ?」
「あっちは信用できない」
「それは同意する」
二人揃って頷くことに、クロウはもう面倒くせぇから本題に入ろうと話を変える。
「その件は一旦、教授預かりでいいだろう。ところで、マーナガルムを復活させようとしている馬鹿に心当たりは?」
「星喰いオオカミのかね? わざわざそんなものを復元して何の得が?」
「とある吸血鬼の見解では世界を夜のままにしたい真祖がいるのでは、という話だが」
「制御できない神性なぞ破滅しかもたらさないだろうさ。わざわざそんなことをやりたがる同族がいるとは思いたくないが」
「ふむ、ちょっと待ってくれ。なにか関連する話があったような」
既に洋服までが完全に復元されたオリエントブルーは心当たりがないようだが、やはり教授の方は何かしかの情報を持っているようだった。
旅行鞄に押し込まれていた手帳を抜き取ると、中身をぺらぺらと確認していく。
「あぁ、あった。南の海側の出身で、過去に司法国の大図書館で似たようなことを調べていた者がいたな。おそらく関係者だろう。このメモを持っていきたまえ」
「助かった。また何かあれば」
「出来れば平穏に過ごしたいものなんだがね。それと、そのメモの通りなら、おそらく真祖ではないぞ。相手は」
教授の言葉にクロウは眉根を寄せるが、どうせ追えば解ると考えるのを中断する。
「私も帰るとしよう。邪魔したな」
「あぁ、またおいで。今度はもっと紳士的に頼む」
「あー、じゃあ俺も帰る。また」
この世界において最上位に属す危険人物達は、そんな和やかな会話を最後に別れた。
あれほどの争いがあったというのに、教授一人を残したスイートルームに争いの痕跡一つなく、残ったのは静寂だけだった。




