■53■ クロウ編 第25話『カンティード辺境伯の家宰』
アズハール・カンティード辺境伯。帝国西部における寒冷な地域を治め、北の海と面する島々を含めた範囲を北方辺境領として統治、管理する役割を担う。この周辺には吸血鬼自治領も含まれ、吸血鬼による自治を超えた侵略や武力行使が確認すると同時、討滅の先兵として動く事となる。
それだけの力があるからこそ辺境伯なのだ。
このカンティード家で相談役を代々務めるのはダンピールの一族で、現在のカンティード家で家宰を務めるイアンテス・リオランテは、吸血鬼医療財団の理事長を務めるミュシャ・エンドワールから届いた突然の書状を、苦い顔で読み進めていた。
「若手吸血鬼を始めとしたマーナガルム教関係者の蜂起の予兆あり。扇動者は真祖、ないし高位種族か神性を備えた存在の可能性があるだと………?」
齢230歳になろうイアンテスであるが、褐色の肌と撫でつけた黒髪の彼を二十代の若者にしか見えない。とはいえ、長命の種族の外見など慣れた者でさえ見分けがつかないのだから仕方ないだろう。
辺境領政務官の支給服である詰襟を着こなす彼は、戦争ともなれば辺境伯の補佐と、辺境伯軍との統括補助を行わなければならない為、一番の激務を担う立場である。
「しかも、鋼の巨人族、それも神性を備えた彼等の中でも有数の武芸者が関わる可能性」
そんな彼をして、書いてある内容は胃が痛くなるとんでもないものであった。
吸血鬼内で武装蜂起の機運が高まるのは、まぁ、言っては悪いが人間にとっての「はしか」と変わらない。自分より能力の低い人間の統治下にある現状に対して『まるで飼育管理されている家畜のようだ』などと言い出すのは聞き飽きた。
吸血鬼族は強い、だが、それだけでしかなかった。
だから人間が形成した社会の中で小さなコミュニティとして生きることを先人は選んだ。社会インフラだとか通信整備だとか、医療技術だとか、そういったものを顧みるだけの先見性も知見も持ち合わせず、培うだけの進歩がなかったのだから。
結果として、非常時の武力としてであったり、血族を尊ぶ上で引き継がれてきた過去の伝承を伝える語り部であったり、吸血鬼としての生命力を研究する医療機関のオブサーバーであったり、そういった一部の働き者を輩出することで人間の世界とバランスをとって生きてきたのだ。
それを『自分達は生命体として高位であるから支配する』などという前時代的でチープなお題目で侵略を開始するのだから失笑物である。賭けてもいいが、万が一にでもその支配が成立したとして、緩やかな文化や経済の衰退が始まるだろう。総人口が少ない支配者層のうち、新たな発明や改革を生み出せる人数がどれだけいることか。人間という大きな下地があったとして、今だ統一国家が生まれていないのがいい例だ。
どれだけ優れた頭であろうと、どれだけ優れた種であろうと、限界はあるのだから。
そして、武力はより大きな武力にねじ伏せられる。
どこかの真祖が何かの目的で騒ぎを起こしたいのは解ったが、そういった超越者をぶちのめすことに心血を注いできたのが帝国である。帝国における戦争の半分は、人間以外との戦争に終始してきたのだから。
どうせ今回の鋼の種族も、どこかから帝国がリクルートしてきた相手なんだろうさ。
神性存在は扱い辛く自我が強くその力が制御できるとは思っていけない相手だ。
だが、かつて神代で引き起こされた大戦争を知る世代なら、戦う前に話し合う余地くらいはあるのだ。敵対さえしなければ意見や主張に耳を傾けてくれることだってある。
そして鋼の種族は『約束する者』とも呼ばれ、かの大戦争でも調停者としての役割を果たした存在だ。
この時代に生きていたのもの驚きだが、神代と比べても比較的に平穏な時代である今、それを引っ掻き回すような真似をしようものなら、星の裏側からでも叩き斬りにくるのは想像に難くない。
そこで問題なのが、その戦闘の『線引き』だ。
まず首謀者、またはその関係者と見なされたらどうなるかわからない。おそらく族滅だ。
次に、無能、被害拡大時の要因と判断されたら「ついで」に滅ぼされる可能性がある。
あとは、単純にこの近辺に首謀者がいた場合だ。巻き込まれるだけで周辺が無くなってしまう。
なんであれ最悪だ。
そう考えていたイアンテスの元へ、辺境伯家メイドの一人が足早に近付いてきた。
「あの、イアンテス様、事前連絡のないお客様がいらしてまして」
「うん? 今日はアポイントメントはなかったはずだが、どなただ?」
「えっと、鋼の種族のクロウと名乗られた大柄な方です。お忙しいならご都合のよい日に改めて伺うとのことでしたが」
イアンテスは「なんでそんなにフットワークが軽いんだ!?」というセリフが喉から迸らないよう我慢し、そんな不審人物を追い払わなかった屋敷の兵士とすぐに連絡してきたメイド達に感謝する。しかも神性存在のくせになんでそんな腰が低いんだ鋼の種族。下手に追い返していようものなら今後の行動の予測が更につかなくなってしまうだろうが。
手元の雑務を急いで片付けたイアンテスであったが、駆け付けた客間でくつろぐ長身の男を見た瞬間、自身の命日が今日なのではないかと覚悟する。
これは、まずい存在だと。
気配も薄く威圧的な存在感は欠片もないくせに、まるで抜刀直前の直刀のような、恐ろしく冷え冷えとした空気を内包しているのだ。いや、むしろ、そういった事に気付く相手でもなければ、ただの木偶の坊としか思わないくらいに気配が薄い。
神性存在であるだけではない、武術にも通じている。
さすが剣技の祖とも言われる種族である。あぁもうすぐにでも逃げ出したい。
「お忙しいところを失礼した。鋼の種族がズミルニの子、今はクロウと名乗らせていただいている。すこしお話を伺いたいがよろしいか?」
「カンティード家で家宰を務めるイアンテス・リオランテです。どのようなお話でしょう?」
気取られるな。気付かれるな。畏れるな。
どのような強大な敵であろうと平常心を失ってはいけない。
「ここ最近、たとえば200年以内に、関りのあった真祖はおられるか?」
あ、これはもう何かに気付いている。
そう勘が囁いている中で、記録を改めつつ質問に答える。下手に誤魔化すなど論外だ。
130年ほど前、自分がもう少し若かった頃に研究を目的に吸血鬼自治区から帝国への渡航許可申請を手伝った真祖が一人。
教授の名で呼ばれ、吸血鬼医療財団の設立にも助力した真祖の中でも賢人。
「ポールドマグアナック・ゲインスタッド教授ですな」
「あぁ、ポール氏か。ご存命だったとは」
「は?」
「感謝する。来て早々で申し訳ないが、急ぎ確認したいことがあって失礼させていただく」
何か聞き捨てならないことを言ったような気がしたが、用事は済んだとばかりに一礼して足早に部屋を後にするクロウ。呼び止めようと廊下へ顔を出したイアンテスは、その背中すら見つけることは出来なかった。
「何なんだ一体………?」
狐に鼻を抓まれたような面持ちで、イアンテスは元の仕事へ戻ることになる。




