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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第四章 踏み出しは緩やかに
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■45■ グレネット編 第11話『盲目領とオークション 3』


 盲目領での滞在二日目の夜。グレネットが酒場で夕食を済ませていると、酒場の中に大柄な男達が踏み込んで来た。その視線がグレネットを捉え、近付こうとした瞬間、先頭の男がすっころび、そのままドミノ倒しの様に続けて男達が点灯した。

 そのまま気絶した数人を慌てて後ろに居た人間達で運び出していく。


「……なんだろうな、あれ?」

「さぁ? この街の人間で簡単にすっころぶなんてことはないんで、外からの新入りだろうさ」


ジョンソンの返事に肩を竦めたグレネットは、少しだけ傾いていた自在剣の鞘を元の位置に戻した。

 たったの二日で、グレネットに絡んで来ようとした人間が増えた。おそらく気配を殺していることに誰かが気付き、次に腰に据えている剣が業物と気付き、最後にそんな隠形と業物を備えている人物とは何奴かと想像する人間が出た。

 そんな順番だったのだろうが、昨日の夜ぐらいからこちらの様子を探ろうとして下っ端や野良のチンピラをぶつけてこようとしてきていた。もっとも、抜く手も見えぬ高速抜刀と自在剣の伸縮で顎だの膝裏だのを軽く叩いて黙らせていたが。


「ところでここらの料理で何がまずかったもんとかあったか? さすがに腹壊すものなんかは出してないと思うが」

「特には。腹下しも、俺達の種族は頑丈だからめったにない」


それこそ悪神が星を叩き割ろうとした一撃も、たった一人で受け止めたやつがいるくらいに頑丈なのだからと、思わず軽口が出そうになるのは押しとどめた。


「なんだっけ、鋼の種族、だっけ?」

「そうだ。まぁ、森の奥にいる種族だから、知っている人間も少ないがな」

「まぁ、そうらしいな。姐さんでも知らなかったみたいだし」

「らしいな」


ただし、種族の名を聞いた時、すこしばかり眉根を寄せていたが。

 おそらく伝承や伝説に残る名前に思い当たったが、さすがにそんな種族の末裔が目の前にいるとは思わなかったのだろう。あのフレドリカ・フレイム・フォルテと名乗った女傑、なかなかに博識らしい。

 さて、ついに今日はオークション当日である。

 ジョンソンと共に向かうと、盲目領北側に設営されたサーカスの会場のような巨大テントに案内される。こここがオークション会場となるらしい。守衛の実力はそこそこ、大体がフォルテ一家で若頭と呼ばれていたフレドリカの兄貴、その四分の三くらいだろう。あの若者は、この街でも指折りの実力者と見て間違いない。

 指定の客席に揃って座ると、周囲からの視線が二度、三度と彼等の方へ行き交う。

 しかし、気配を消したグレネットに関心を向ける者は少なく、しばらくしてオークションが始まった。

 首飾りが出品されたのは五つ目。まだ目玉品も出てこない序盤であった。


『さぁさこれはかのドワーフ王国が持ち主であった古き財宝。今となってはくすみもありますがそれも時代の証明、輝かしい白い地金に飾られた真珠の造詣が美しい一品となっています。金貨15枚からスタートです!』


オークションの司会者の言葉に対し、あまり熱心でない入札が始まる。

 しかし、妻の首を飾っていた首飾りと再開したグレネットは、少しばかり落ち着きがなくなっていた。三度の呼びかけに値段は金貨50枚まで上がり、代理で声を上げていたジョンソンが金貨53枚で落札した。


『はい! 32番の方に金貨53枚で落札です!』


安堵にずるずると椅子から滑り落ちそうになるグレネット、振り返って笑顔を浮かべるジョンソンに応じて握手すると、ゆっくりと肩から力を抜いた。

 しかし。

 トラブルとは背中から追いついてくるものらしい。



 残りのオークションを他所に、物品の引き渡し裏手へ顔を出すグレネットとジョンソン。

 すると、32番の番号札を提示して引き渡し部屋へ案内される。

 そこには、応接用のテーブルと引き渡し担当者、そして護衛と思しき二人の男が背後にいた。


「はい、それでは参加番号32番の方ですね。落札商品はこちらの首飾りでお間違いないですか?」


手際のいい小男が、厳重なケースの蓋を開き、首飾りを示す。

 ミスリルの地金に薄く銀でコーティングして磨き仕上げし、海神の娘たちから譲り受けた真珠をあしらった一品。結婚祝いとして妻にプレゼントしたくて、身内の方々に頼み込んで素材を集めたのが昨日のようだった。

 震える手で彼女の首に巻いたあの時。

 輝くような、恥ずかしそうな笑顔。

 全身が震えだしそうなほどうれしくて、たまらなく幸せだった。

 それを思い出し、思わずグレネットは涙ぐんだ。


「はい、これです」


帝国金貨で数えて53枚。受け取り証書とともに、サービスだというケースごと受け取った。


「この部屋を出た瞬間から権利は貴方に帰属します。亡くした場合も、我々は一切手出しできません。いいですね?」


念押しするような言葉に頷くと、そっと腰の鞄の中へケースごと押し込んだ。


「マジックバックをお持ちとは、随分と腕のいい冒険者のようで」

「まぁ、そこそこの稼ぎはあるくらいには、ね」

「然様で。それでは、ごきげんよう」


頭を下げる引き渡し担当に礼を返し、そのまま部屋を出る。

 そのままオークション会場を出て早々に、目の前に巨漢の男が立ち塞がった。


「よう、にいちゃん、儲か」

「あ、すいません急ぎますので」


巨漢の男がどしんと尻もちをついている間に、ジョンソンを抱えたグレネットは風のように走り去った。軽く突き飛ばしただけだが大丈夫だっただろうか。


「……うしろ、たぶん二人っ」

「追って来ているね」


しかし気配を消して路地裏を駆け抜けていく間に、その二人の気配も感じ取れないほど離れてしまった。


「落札者狙いの強盗か?」

「たぶんなっ! にしてもびっくりするくらい足が速いな!?」

「このくらいは嗜みだよ」


浮かれた様子のグレネットに、担がれたままのジョンソンはぶらぶらと揺られていく。

 そのまま足早に駆け抜けていくグレネットは、フォルテ家の事務所までものの数十秒で帰ってきた。

 

「ありがとう。助かった」

「あ、あの、頭達がアイサツにくるんで、ま、待って」

「それはまた、次の機会に」

「お、おう! 必ずまた来てくれよ!」

「約束する」


感知範囲に再び二人。気配を消したあと、おそらく事務所を経由するとアタリをつけて網を張っていたのだろう。知恵の具合といい、気配の大きさといい、ただのチンピラとも違うようだ。

 ジョンソンやフォルテ家の面々を巻き込むわけにもいかぬと、盲目領を出る為に島の外延部にある船の停泊所へ向かって事務所前から踵を返す。

 足場となっている船体を砕かぬよう、注意を払いながら再び加速していると、上空から投げナイフが続けざまに飛来した。

 素手で叩き落し、ナイフを砕く。

 足止めを狙ってか、更に火炎弾による追撃が行われたが、これも自在剣を使って爆発する前に切り払った。

 二人一組。おそらく片方は軽戦士系、もう片方は魔術師。

 じりじりと後退し、再び走り出すと、今度は追いかけてくることはなかった。

 なるほど、このまま襲った時のリスクの方が高いと察して退いたか。

 姿もろくに見せることなく牽制だけでこちらの実力を察したのだから、やはりチンピラというより傭兵か、冒険者の類、または軍人くずれだろう。余計な戦闘をせず済んだとグレネットも安堵する。

 そのまま盲目領と外とを繋ぐ渡し舟のうち一つ、少人数用の小舟を見つけたグレネットは、銀貨を払って渡しを依頼する。


「おやお兄さん、こんな時間にお帰りかい?」

「あぁ、目的だったオークションも済んだからね」

「なるほど。ま、船さえ出しちまえば余計なちょっかいもない。安心しな」

「そうか。じゃあ、頼んだよ」


やはり最低限のラインはそこか。

 渡し舟が廃船の寄せ集めである本島から離れると同時、周辺からの監視の数が徐々に減っていく。湖の外延に位置する船着き場に到着する頃には、完全に監視はなくなっていた。


「ご利用ありがとうござい。まぁ、もし機会があればまた」

「ありがとう。それでは」


一度だけ盲目領を振り返るグレネット。

 島は今も、煌々と輝く建物の輝きに照らされ、昼間のように明るかった。最低限しか関わらなかったとはいえ、その虚飾と暴力にまみれた街にさえ郷愁を覚えるのは自身が根無し草である為だろうか。

 鞄に押し込んだ首飾りの輝きを想う。

 少しの間だけ一人で飲む酒が長くなるのだろうなと、グレネットは歩き出す。

 かつての妻の笑顔を思い出しながら。


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