■44■ クロウ編 第22話『かつてからこれからへ』
ある一面において、クロウの事を二人はこう評す。
グレネットは『鋼の種族における真髄の血を継ぐ者』。
オルガンは『戦いに全てを捧げてしまった果て』。
それは悪神の討伐から暫くした頃。
かつてクロウは農耕神サトゥルヌスと共に天空神ウラヌスと戦った。
戦った理由は痩せた民の為だった。
その者達は神族の裔だった。血の薄まりは英雄にすらなれぬ者を産んだ。それこそが人という種族の始まりであった。土で捏ねられた者、神の血、神の肉より生じた者、神性を失った神そのもの。
この世の最初に満ちていた神性は、定まった時の流れの影響や、行使された様々な秘跡や奇跡の数々により薄まりつつあった。
彼等を率いて西に旅立とうとしたサトゥルヌスであったが、それをウラヌスが待つように諭した。神性が失われつつある世界の中、我々はもう人々と共に居るべきではないと。
それでもサトゥルヌスは人々を見捨てられないとウラヌスに抗った。神性こそ減じようと、この世には英雄ですら噛み殺す猪も、土地を食い荒らす山よりも太い大蛇も、地を雷鳴より速く走る狼もいたのだから。
つたない魔術、覚えたてのような剣術。それっぽっちしかなかった。
それでもと、彼等だって自分達の末裔だからと、サトゥルヌスは見捨てられなかった。
サトゥルヌスは四度目の悪神討伐を担ったクロウを頼った。
クロウは、サトゥルヌスから大地に関する幾つかの技術と引き換えに、その戦いに助力した。
ウラヌスと二人の戦いは一昼夜続いたという。
ただし、三人は誰もその時のことを漏らそうとしなかった為、どのような戦いであったかは一切伝わっていない。
結果、ウラヌスはサトゥルヌスが率いる形での移民を認めた。
可能な限り安全で、せめて、末裔達が生きていける場所を求めて。
その後、西に新たな生活の地を得る。そこにも未開の民もいた。
移民も、未開の民も、等しく受け入れ、サトゥルヌスは人々に農業やブドウの木の剪定などを教えた。せめて飢えぬよう祈った。
しかし、己の神性を求める異形達、零落した神や神性に蝕まれた哀れな獣の気配を察し、彼は最初の移民の死を看取り、その地を去ったという。
クロウが移民後の結果を知ったのはごく最近であるが、書籍でとある国の開祖となった末裔達を知った時、彼は羨ましいような、誇らしいような顔をしていたという。
求める物がどうしても少なかった頃、生きる為に戦うしかなかった。
言葉も通じず理屈も埒外の相手に苛まれた頃、生きる為に戦うしかなかった。
戦わずに済むようになった時、己の生に理由はなかった。
我は鋼の種族。
自在剣を携え、鋼に等しき、鋼に勝る体躯を持つ者。
大地をとろかす巨大な火も、天地を割断する武技も、風を統べる巨大な圧も、海に連なる膨大な渦も、そして悪神による世界を侵す異常なる業も、全てに生き残り戦い続けた狂おしき戦いに生きる士。
我が名は鋼の種族。
我が名は。
『それでも、僕達は、始祖から続いて、親から受け取った命があるから。生きてまた子供達に、残していかなきゃならないはずなんだ』
あぁ、兄よ。貴方の言葉は、あまりに重たく、そしてあまりに真実だ。
だがしかし、鋼の種族とは、戦士であり過ぎたのだ。
多くの鋼の種族は、戦いのない日々に生きるには、あまりに『無垢』だったのだ。
戦のない日々に、戸惑い、どこか躊躇ってしまったのだ。
始祖の導きによる眠りは、ある意味で始祖の願った猶予期間であったのだ。
また目覚めた時、新たな世界で、新たな一歩をと。
他種族の嫁を貰い、そして亡くしたグレネットは、残した子孫達の事を想った。
身内を失い、身体を損なったオルガンは、いつかもっと平和な世でと願った。
なら、自分は?
自分は、何故、声に応え、目覚めたのだ?
何故。
「マスター、身体が、冷えますよ?」
びくりと驚きに跳ね起きる。
作業机に突っ伏したままで眠っていたらしいことを悟り、ほっとクロウは息を吐く。
「……ありがとう。助かった」
「どういたしまして」
アルタイルの小柄な体躯が汚れた床を掃除し、部屋を片付ける。
「マスター」
「何だ?」
「もし、どこかへ行くなら、必ず相談してください」
「え、あぁ、うん」
ぴたりと、アルタイルの動きが止まる。
「マスターにとって、僕は作品ですか?」
「いや、そうは思っていない」
「なら?」
「家族だと、思っている」
そうだ。そう思い、願った。
かつて託してもらった技術で結びついた、新たな魂に。
これは、おそらく、そう。
「正直に言うと、俺は、その、人との関りが下手くそでな。昔も今も、友人や、兄弟にえらく迷惑をかけた。そんな、つたないマスターで申し訳ないが、お前がこれからもっと多くのことを知り、もっとたくさんの考えを知った時、そんな俺は助けてくれたら、あー、嬉しい」
無機質な顔が振り返る。
「なんだ。そんなことですか」
「え?」
「もちろんですよ。だって家族なんでしょう?」
親がなくとも子は育つというが、どうにも、その姿には六本腕の女性の影が見えた。
なんともはや。
「頼むよ」
「頼まれました」
歪だろうと、少しばかり頑張ればなんとかなるらしい。
あとは勇気も出してみよう。
「アルタイル、少し出かけてくる」
「どちらへ?」
「そうだな」
外套を纏い、玄関の扉を開く。
「夕食のお誘いに」
「相手側の御迷惑にならないようにお願いしますよ?」
「……あぁ」
ちょっと口うるさいのが玉に瑕だな、とは思わないでもなかったが。
苦笑いで口元を誤魔化し、クロウは家を出た。




