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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第四章 踏み出しは緩やかに
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■42■ グレネット編 第9話『盲目領とオークション1』


 盲目領。悪徳の温床、違法の存在しない街。

 聖王国領内の辺境、大きな湖の真ん中にある人工島に存在する違法に占拠された土地。そもそも、その人工島もまた、廃船を寄せ集めて作られた土地とも呼べないような場所である元々は古い非合法組織が湖の中に改造した廃船を沈め、そこを秘密の拠点として活動していたのだが、組織の拡大と共に廃船が増え、積み重ねられ、ある時期を境に表立って活動するようになった。その境というのは、おそらく聖王国との密約が交わされた時期であろうと関係者は語る。

 まるで生き物のよう積み重ねられた廃船が現代に至るまで延々と広がっていき、まるで迷路のように入り組んだ構造物が巨大な湖の真ん中に出来上がってしまった。

 それが盲目領。

 統治者のいない違法な街、ならず者、犯罪者、非合法組織がはびこる悪徳の街。 

 そんな街の中の酒場。

 雑多に吊るされたランプが銃声にはじけ飛ぶ中、テーブルの影に隠れたグレネットは確保したエールに口をつけていた。


「……苦い。値段の割にまずい酒だな」


ぼそりと酒に文句をつけたクロウが、この場所に辿り着いたのはほんの半日前である。

 話は遡ること一週間前。

 ドワーフ王国を出立したグレネットは、司法国に行く前にと、とある探し物を求めて東西奔走していた。

 それは首飾り。

 かつて妻にプレゼントしたミスリルの首飾りが現存していたことを知り、その行方を探るうち、この盲目領に辿り着いたのだ。

 白百合の細工があしらわれた装飾から『銀の華』などという洒落た名前で呼ばれるようになっていた品は、数代前のドワーフ王が戦争による財政難の折、泣く泣く手放したもので、一時は帝国内の貴族が所有していたが、盗難被害から所在不明となっていたという。

 その行方を探るうち、盲目領のオークションで類似の品があると聞きつけ、こうして訪れた次第だ。

 とはいえ、そこらの酒場で銃撃戦が起こるのだからたまったものではない。

 とある国で権威と法の象徴にして邪神すら撃ち抜くという『銀の銃』なるものがあったのだが、その設計図が流出し、非合法に乱造されたことで、品質は雲泥の差があるものの、とりあえず弾は出るようなデッドコピーが出回ったことで、そこらのチンピラですら銃を持っているというなかなかカオスなことになっている。

 ただ、強度や構造がこの湿度の高い盲目領を基準に作られている為、よそに持ち出そうとすると大半が火薬の自然発火や魔術式の塗布塗料揮発なんかでろくに動かない為、盲目領の外に広がることは今のところない。

 ぎりぎり動く品が銀貨だの銅貨だので売り買いされている以上、品質などその程度のものだ。

 どこの組織同士かも定かでない撃ち合いはすぐに終わり、大半が死んで数人が店を出て行った。死んだ人間は窓から放り出されて湖にどぼんである。この湖の水棲生物、魔物の類は食欲旺盛なそうで、特に伝染病がはやったことはないらしい。

 なんて街だと思いながらも、テーブルとイスを放置してカウンターで飲食を再開した。

 割れてないグラスを確認していた酒場の店主に聞いたところ、オークションに関しては参加費の金貨10枚さえ払えば誰でも入れるらしい。

 懐具合でいえば、先日のダンジョン解決に際して貰った報酬やら、かつての旅路で狩り殺した大型魔獣だのの利益だのが金貨に換算して随分な額がある。それこそ国によれば貴族の地位さえ買える額であるのだが、足りなければどうしたものかとグレネットは思案する。


「あんた、この街は初めてかい?」

「まぁ、そうだな」

「だったら、フォルテ一家のところに行ってみな。あそこは中立だし、腕さえあれば稼ぎにゃ困らないぜ。あとは、なにかの仲介してもらうにしても信用できる」

「なるほど。ところで銀貨一枚でなにか貰えるか?」

「毎度あり」


適当な腹ごしらえをしたグレネットは、察しのいい店主の勧めに従って、フォルテ一家というギャングの溜まり場に顔を出すことにした。

 廃船同士が繋がって、固定された渡し板や通路が絡み合うのは生物的ですらある。

 幾つかの通路を通り過ぎて指定された船室、元々は貨物船らしきものが家屋に改造された場所へ辿り着く。


「おう、にいちゃん、何の用だ?」


比較的年若い男がグレネットへ声をかけてきた。

 建物の影、扉の裏、二階からそれぞれ気配を感じながらも、自分より頭二つ分は低い相手へ視線を向ける。


「実は、近々開かれるオークションが目的で盲目領に訪れたのだが、酒場の店主にフォルテ一家を紹介されたんだ。参加の申請について相談させてもらいたいのだが」


怜悧な容貌、見上げるほどの長身、そして腰には使い慣れた様子の剣。

 恰好からして冒険者と思しき相手だが、どうにも実力が判然としない。

何か、見ていると落ち着かない気分になる男であった。


「お、おう。そういったことなら奥に案内してやる。ついてこいよ?」

「頼む」


慣れた様子で手の中に銀貨を滑り込ませてくる男に対し、それでも虚勢をはる年若い男、髪を逆立てた青年は胸をそびやかすように前に立って歩く。


「俺ぁジョンソン! ここでは新入りだが顔は広い! なんかあれば声かけな!」

「グレネットだ。冒険者をやっている。よろしく」


周囲の気配からの視線が消えたことを確認し、グレネットはジョンソンに続いて建物の中に入っていった。

 案内された場に待っていたのは一人の女だった。

 グレネットほどではなくとも長身の部類で、赤い髪を束ね、嫣然と微笑む姿は女神もかくや、といった容貌。

 ただし、物騒な気配がひしひしと伝わってくるほどの殺気は治めて欲しかったが。

 グレネットは僅かに右腕を前にする形で、彼女達に気付かれないよう僅かに構えをとった。


「あら、ジョン? そちらの方は?」

「はい! オークションに繋ぎをとって欲しいってことで! 酒場の店主に案内されてきたとか!」

「酒場の店主? またあのお節介焼きは」


短い独白と共に美女の視線がグレネットに向く。髪と同じ赤い眼はまるでルビーそっくりだ。


「お初にお目にかかる。冒険者のグレネットだ」

「あらご丁寧にどうも。私はフレドリカ・フレイム・フォルテ。フォルテ一家の頭を務めております。それで、オークションへの案内と?」

「盲目領は初めてなもので、出来れば面倒がないようつなぎをとってもらえる人がいればと思いお伺いしました」

「そう。もし断れば?」

「他所をあたります」

フレドリカは目の前の男を見る。

 一目見て数人の女は振り返るであろう美男だ。そうならないのは気配を抑えているからだろう。かつて見た武人の中でも一握りのそれだ。いざ抜剣するまで殺意のひとかけらも見せない武侠か狂人の技。

 他者を怯えさせない為か、他者に己の悪意を見せない為か、天と地ほどに意味合いは別だが。

 しかしてなんと胡散臭い男か。敵対するのは是が非でも避けるべきだが、こういった男は常に騒動の起点になるのだ。

 真意を探らねばなるまい。


「一先ずお話を伺いましょうか。どうぞそちらの席に」

「では」


ゆっくりと座る際にも物音が少ない。腰の剣を音もなく外し、手に握る所作にも乱れもない。

 話を尋ねたところ、その内容は考えていたよりもよっぽど穏当な話であった。


「亡くなった奥様の遺品、ですか?」

「えぇ、もし、贋作でなければ、間違いなく」


今回の目玉の一つである『銀の華』と渾名される首飾り。白百合の細工があしらわれた一品で、嘘か真か神代の頃にいた種族が拵えたという伝説まである。数代前のドワーフ王国で噴火による大災害に遭遇した際、国民の為に王が手放した後は各国を転々としていたという。

 その後、貴族宅から盗難にあった品が今回の出品に相成ったと。

 出品元は南方民の集まった『オプシディアン・ダリー』のところからだったか。

 呪術的なソーサリーを扱う一族の中でも、跳ね返りの集まりだったから、荒事ともなるとまた騒ぎが大きくなる可能性が高い。


「失礼ですけど、奥様は亡くなられて?」

「えぇ、随分と経ちます。私は長寿の種族ですが、妻はドワーフだったので」


哀しそうに笑う姿に演技の匂いはない。おそらく本当なのだろう。

 羨ましい、妬ましい、そういった感情を抱いてしまうのは盲目領なんて場所で育ってしまった弊害かもしれないが、ビジネスはビジネスだ。オークションの仲立ちか競売の補助で金をよこすというなら文句はない。


「それではオークションにトラブルなく参加できるようにご協力しましょう。落札のお手伝いについては?」

「不要です。有り金を全て次ぎ込んで無理ならまた考えますから」


余裕、というか、力み一つない自然体。

 実力を掴めないが、まず間違いなく強者だ。ハッタリ程度なら見抜ける。

 逗留指定先に下見にいかせた部下も帰ってきた、その顔がすぐ寄って来たことに耳を貸す。

 その間に若頭を務める兄のマッキンリーが一家で確保しておいたオークションの目録を渡し場を繋いでくれている。


(火災です。トラツグミの宿でオークション目的できた魔術師か何かがトラブルを起こしたようです。猫の目亭なら)

(なら、そっちに案内するように。ジョンに任せて)

(了解です)


「宿の確保ができたそうだから、さっきのジョンに案内させましょう。目録も参加申請が終わったら別にお届けしますわ」

「あぁ、助かります。それでは」


ゆっくりと立ち上がり、部屋から出ていくグレネットと名乗った男。

 足音が遠ざかっていくことを確認し、隣に居た兄のマッキンリーが肩から力を抜いた。


「勝てる?」

「無理だ。殺気一つないのに所作に欠片の隙もない。掌の位置が何時でも剣を抜けるよう立っている時も座っている時も常に空けてあった。目録を渡した時でさえ鞘ごとこちらをぶん殴れるように振り上げる位置を自然に調整していた」

「当たったら?」

「頭くらい吹き飛ばせるんじゃないか?」


とんでもない客だったのだなと、フレドリカは重く溜め息を吐いた。


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