■41■ クロウ編 第21話『鋼の種族の伝説とゴーレムの学習』
鋼の種族。
かつて神代の時代に存在した巨人の種にして生まれながらに剣を携える。自在剣と呼ばれるその武器は重さも長さも形も自由自在であり、鋼の種族もまた、巨人の身体と小さな体を使い分けていたという。四度の討伐によって滅ぼされた悪神の討伐のうち、三度目、そして四度目は彼等が成したとされている。
多くの書物に名が散見されるが、正確に伝わった偉業は上記の悪神討伐を除けば四つのことである。
一つは、始祖たるアイガイオーンが龍族の祖の一人であったイグロンと交わした大戦争の終結のきっかけ、大いなる約束を行ったこと。
一つは、古きドワーフ族と婚姻を結び、ドワーフ王国の礎を築いた者がいたこと。
一つはエルフ達と共に共用語を生み出した者がいたこと。
一つは悪神が星を割ろうとした時に、自らの身を投げうって世界を守った者がいたこと。
そのほかの様々な偉業は、後年の創作が俗説ではないかとされるものも多い。
有名なものだと、災厄龍ヴリドラとの友誼、海神の妻にして大精霊オランと勝負をしたこと、堕落したアテイナ神を成敗したことなどだ。
どれも真偽は不確かで、エルフ、ドワーフの古老に尋ねるも確たる言葉はなかった。
謎多き鋼の種族については、現在も歴史学者たちの間で意見が割れることが多い。
神話と地続きであるこの世界では、歴史学者達はこのように苦労している。
それこそかつての時代を言い伝えるエルフやドワーフ、魔族などがいるし、そもそもの神代の時代は、場所も時間軸も出来事もてんでバラバラなのだ。千年かけた偉業と同じ時期に一瞬で偉業を覆す出来事があったり、同じ神様が東と西でまったく別のことをやっているがあったりと、ほとんどなんでもありである。
そもそも名前すら立場や状況で移ろうことが多かった。
例えば管理神マルドゥクは神であると同時に古代王国の王でもあった。
例えば大精霊オランは、海神の伴侶として女神としての側面も兼ね備えた。
例えば災厄龍ヴリドラは、場所により雨龍ヴリドラとして降雨の象徴として敬われていた。
役割や権能の多さによっては、まったく別の顔をもつのが神々やそれに近しい存在達だったのだ。
そんな神性の影響を受けた一部とはいえ受けたゴーレム、アルタイルは、まるで世界の情報を取り込むように急激に成長を始めた。神々なんぞ産まれた時から自らの権能とそれを用いる智慧を備えて発生するのだから、まだ成長という経過を挟むあたりまともとも言えよう。
「マスター、これは?」
「芋。食べ物、野菜」
「たべものとは?」
「生き物が命をたもつために必要なもの」
「いきものとは?」
「命のあるもの」
「いのちとは?」
「続いているもの」
「つづくとは?」
「途切れないこと」
「……マスター、これは?」
「椅子。家具、座る場所」
「マスター、これは?」
「レモン水。飲料物、水とレモンの合成物」
「マスター、ごうせいぶつとは?」
「二つ以上のまったく違うものが混ざったもの」
アルタイルが優秀だったのは、どう聞いてもわからないものは一旦棚上げしてしまえる自由さだった。命、思考、もっと哲学的なもの、そういったあまりに複雑なことは一度棚上げして、もっと即物的でわかりやすいものから理解していく。
気付けば、本を読み、言語を介し、瞬く間に自己というものを確立していった。
「マスター、私も食事はできますか?」
「出来る。躯体を作った際に、経口摂取可能な構造にしてある」
「……お芋、美味しいですね」
「そうか」
この時、一番驚いたのはクロウを数週間ぶりに尋ねたアシャだろう。庭で洗濯物を干しているやたら人間臭いゴーレムを見た時、思わず手にしていた焼き立てのパンの入った籠を取り落としそうになった。
140㎝ほどの小柄な身体でぱたぱたと動き回るマネキンか何かが突然居たのだから、それは誰だって驚くだろう。
「こんにちは? お客様ですか?」
「え? あの? アシャ・ディータ、です?」
「あぁ、アシャ様ですね。私はアルタイル、マスター・クロウに製造されたゴーレムです。主人は宅内にいますので、ご案内いたしますね」
「あ、はい、はぁ」
家のダイニングで紙に何かを書き付けていたクロウを見つけたアシャは、慌てて彼に駆け寄る。
「あ、あの、あの子っ」
「アルタイル?」
「そう、アルタイル、ゴーレムのっ」
「このあいだ作った」
「誰がっ?」
「俺が」
「はぁっ!?」
ぱくぱくと口を閉じ開きしていたアシャであったが、黙ってクロウが椅子を引くと、すとんと腰を下ろした。
「……びっっっくりした」
「あぁ、それは悪かった。研究の一環でな」
「そんな簡単に作れるものなの?」
「あー、簡単ではなかったな。カトマンドゥまで素材を採取に行った」
「……まさか、この間の外出の時?」
「そうだな」
「霊峰って、一週間足らずで行き帰りできるものじゃないと思うけど」
「まぁ、できないこともなかった、くらいだな」
「あぁ、そう。うん」
考えるだけ無駄だと諦めたアシャは、そのまま昼ご飯の用意を始めることにした。
その日から食卓は三人で囲むことになった。




