■36■ クロウ編 第16話『ゴーレムとパスタ』
朝の陽ざしと共に目を覚ましたクロウを苛むのは、昨日の作業がどこで終わったかという記憶の想起である。記憶が時間経過とイコールにならない神話時代を生きていた頃の癖でもあるが、現代に目覚めてからは記憶の連続性が保たれているので安心できる。
やれ月が落ちて来たのを誰かが元の位置に戻しただの。
やれ海が割れたのを文句つけにいかにゃならんだの。
やれ金星の神様がだれかをたぶらかしただの。
そういった厄介ごとが少ないのはなんと素敵なことかとクロウは想う。
さて、辿った記憶からゴーレムの作成途中であったことを思い出す。処理能力を備えた集積魔術回路を作って、骨格の基礎にいこうかとしていたあたりで昨日は中断していた。
適当にパンだの燻製肉だの野菜だのを腹に詰め込むと、早々に作業を再開した。
一度やり出すと終わるまで気になって仕方がない性分なので、次はどうしようかとついワクワクしてしまうのだ。
さて、前回の作業で脳にあたる集積魔術回路ができた。
あとは本体を支える骨格と、筋肉、そして魔力の集積体で完成する。
簡易なゴーレムの場合は術式媒体である魔術回路と、あとは魔力伝導性のある身体だけで動かし、魔力の供給は魔石か術者からの供給で担っているのだが、魔力は基本的に放出したら終わりであるし、供給も常に行う必要があるので効率的ではない。
その点を解決しているのが、ダンジョンや遺跡に存在する自律型ゴーレム、今回と同じような存在だ。
自律型ゴーレムは、遺跡やダンジョンなどの外在魔力を取り込み、蓄積する構造を備えているおかげで単独で延々と動けるのだ。ダンジョンの場合はそういった存在をなんらかの形で複製し続けるので、似たような量産ゴーレムが延々襲ってくるような場合が多々ある。
ただ、魔力効率にしろ、個体の能力値にしろ、そういった量産型は構造こそ単純な為に頑強だが、手作業で製作されたガーディアンゴーレムや守衛ゴーレムと呼ばれる魔術師や錬金術師お手製の一品からするとかなり劣る。
派閥や研究者の論によってゴーレムの能力を評価する点は異なるが、クロウとしては、完成度、発展性、維持能力という三点を指標としている。
さて、そんな彼が用いる骨格は、簡単に言えば土だ。
そこらの山から採取してきた土を加工して人間と同じ骨格を形成していく。
ただし、そこは鋼の種族にして始祖の研究者に位置するクロウのやる事だ。
通常の土を圧縮成形し、更には魔力経路と魔術回路の補助媒体を兼ねる神経節のようなものを骨そのものにも埋め込んでいく。骨そのものに細かな刻印が加えられ、それにミスリル製の細い線が埋め込まれる。背骨に至っては脊髄にあたる部分に、高純度高粘度のミスリル液が充填された。
そうやって構成されたのが身長140㎝ほどの躯体である。
肩甲骨、腰椎、股関節の状態から男性のそれと思しき骨格から固定具を外し、一度分解すると、まるで魔導機のユニット型構造のように、手足、胴体、頭部と、それぞれに筋肉を張り巡らせていく。
これもまた土だ。粘土のように魔力を混合させて練り上げていく過程で、一部を錬成して素材を変質させていく。その中に幾つかの素材を混ぜ込み、筋繊維の塊のようなものを生成していく。
この筋繊維の塊は粘性と伸縮性の強い粘土質に変質した土に、樹液を元に炭酸カルシウムなどを混ぜ込んだガム混合物と、靭性の強い金属繊維、そして魔力導体であるミスリル粘動体が配合された独自の複合素材である。
巨大な錬金術工房が総出で行っても年単位が必要そうな素材が瞬く間に生み出さていくような状態であるが、当の本人にしてみれば粘土遊びの延長である。
それを捩じるように数本ずつ骨に貼り付けていく。
そのまま骨格と筋肉が揃った各部位を集め、残るは頭部と心臓部。
頭部も複合筋肉素材と骨で形作り、魔術式集積回路をもう1セット制作。
心臓部は鋼の種族である自身の血を満たした透明な樹脂製の球体を核に、複合筋肉素材に龍の鱗を砕いた粉末をまぶし、魔力の伝達性を強化する。
そうやって一揃いのゴーレムができた。
性別を判断する性器や顔こそないが、この時点で外見だけなら完全な人型であった。
五指の制御と強度を増強する為に金属繊維による強化を加えていく。
そのまま、マネキンのような顔を作り、瞳の位置に真っ白な真珠を埋めた。
表情をもたない、それでいて人形とも思えない生命感のあるゴーレム。
額に手を添え、魔力経路、擬似的な内臓系や筋肉の動作、魔術回路と心臓部の循環を確認する。経路に滞りはなく、動作に異常な波動は感じられなかった。回路には、魔術が巡った瞬間に発されるゴーレム独自の初期的な信号が感じ取れた。
あとは『火』を入れるだけで動く精緻なる魔術装置。
ここに器は完成された。
そこまでやり遂げたクロウであるが、既に夕方も前の時間だったので夕食にすることにした。高位の錬金術師が障害を賭けても辿り着けるかという技術の結晶のようなものであろうと、彼にとっては日常の一環でしかない。
今から作るパスタと、然したる違いがないものなのだ。
鉄製のフライパンの上に油を敷いて、刻んだニンニク、そのあとに唐辛子を炒める。
そのまま茹で汁の残りをいれて 乳化するまで火を通す。
続けて塩胡椒、ベーコン、玉ねぎを入れて更に炒め、最後にパスタとからめればペペロンチーノの完成である。
ニンニクの香る熱々のパスタを頬張ると、ベーコンの脂と共にパスタの塩気と胡椒の味わいが舌に触れる。唐辛子の辛みが食欲をさらにそそり、満点の出来だったことにフォークはするすると進んでいく。
そんなタイミングで家に備え付けの呼び鈴がカランカランと鳴らされた。
気配の数は2、一つがヴリドラ老で、もう一つは知らぬ気配。
食事もそこそこに玄関へ急いだ。
そのまま扉を開くと、ヴリドラ老と、その後ろに見知らぬ男が立っていた。
「あー、クロウ、夕食時に悪いが、少しばかりお邪魔をしても?」
そうヴリドラ老に切り出され、少しばかり思案するも、仕方なくクロウは応じる。
「わかった。そちらの方は?」
「あぁ、ちと紹介したいのだが、一緒でも?」
「構わんが、もてなしは期待しないでくれ」
「茶でも出れば十分じゃの」
そう笑うヴリドラと共に、男を部屋に招く。
庭に面したテーブルに二人を案内すると、レモン水のタンブラーを三つ、それぞれに並べていく。
「すまんの」
「あー、手製で悪いが、こんなものしかなくてな」
「いいさ。おう、よく冷えておるの」
「さすがに冷蔵庫くらいあるんでな」
そう言って席に座るクロウは、視線でヴリドラの隣に座る男の紹介を促す。
「こっちは、そうじゃの、龍の領域で長く魔導機の研究をしておるエルフ種の者での」
「ラドバン・アンドラスと申します。先日から、この家より魔力による作業の波動を感じまして」
そこまで聞いてやっと、クロウの脳内で家の前に居た青いローブの男と思い出すこととなるが、然したる興味もないので「へー」といった様子である。ある程度とはいえ、魔術的な波動や干渉が漏れぬよう家には細工してあるのだが、それを通してでも感じ取れるラドバンは高位の術者であるはずだが、それについても言及する気もないらしい。
「鋼の種族のクロウ様、あなたは古き時代においても学問や、研究に携わっていた方とお見受けします。浅ましき願いではございますが、そのお知恵を私にもご教授願えないでしょうか。無論、可能な限りのお礼も致します」
「え? 嫌」
誠心誠意の願いに対し、たったの一言で終わることについては、クロウだから仕方ないのだろう。




