■33■ グレネット編 第8話『そして新たなる旅立ちへ』
深い琥珀色の酒に一口。喉を焼く熱さと、薫り高い芳香に思わず息を漏らした。対面に座るドワーフ国の王、バラン・ドワルコフも同じように一息でがぶりと杯を干していた。
「行きなされるか」
「えぇ、随分と、お世話になりました」
「なんの。此度の騒動に心痛め、御助力いただけたこと感謝致します。我が娘も、私も、遠い昔の話を聞く機会をいただき、随分と胸躍らせていただきました」
「はい、居心地がいいので、長居が過ぎました」
「次は、何処へ?」
「司法国の方を目指してみようかと思います」
「司法国へ? それはまた」
「大図書館があるとのことで、少しばかり調べものを」
「そうですか。寂しく、なりますな」
「はい、イシュン殿にも、宜しくお伝えください」
「会わずに?」
「会えば、また鈍ってしまいます」
「わかりました。伝えておきます」
互いに酌み交わしたその杯を最後に、荷物を担いだグレネットは王城を出た。
残ったバラン王は、空になった対面の酒器に乾杯し、旅路を祈ってもう一杯だけ呷った。
ドワーフ国は世界一高いという山岳地帯の傍にある。そのまま山を越えるか、迂回して北を目指せば聖王国、更に東南を目指せば盲目領と呼ばれる無法の街へ繋がっている。
聖王国は、亜人排除、人という種以外に対する強い敵愾心と宗教的な隔絶を持つ。北の大地ということもあり、敵を作っての団結によって国を支えてきた歴史があり、簡単には拭いされない差別意識がある。
対して盲目領は、国という立ち位置すら持たない無法の徒にまみれた場所だ。
巨大な湖に無数の廃船を繋ぎ合わせた巨大建造物が浮かび、あたかも船の墓場の中に複雑怪奇な街が形成されている。法というものが存在せず、各国からの指名手配犯、重犯罪者などが逃げ込み、有力な裏町の人間達の本拠地も無数に存在している。
他にも、更に東を目指せば砂漠地帯となる。
どこもグレネットにしてみれば近付き辛い場所だ。
反対に西にある帝国と聖王国の間にある小国家群、通称を諸王国圏は、無数の小国が存在する地域だ。正解有数の研究機関、学術機関がある学術公国を筆頭に、国家間の争いの調停すら担う霧と灰の都市とも呼ばれる司法領を有す南海連邦。
今回はそちらに行くつもりだった。
元々南海連邦は、海に面す各国が海上貿易による紛争を重ねていた地域が、数年前に行われた国家間同盟を機に連邦制に移行したという新しい土地だ。司法領、南海道領、西海岸領、近海諸島の小国などが合わさり今の形態になった。
その為、南海領間の土地は通行税が撤廃され、地域間の通行は非常に楽になっている。
今回は他の小国を経由する為、時間は多少かかるだろう。
ただし。
靴紐を結び直し、交易を繋ぐ乾いた道を歩き出すグレネットは、晴れやかな顔をしていた。
青い空に、乾いた空気。遠く、渡り鳥が飛んでいるのが見える。
旅立つにはいい日だと。どこか胸躍る気分に踏み出す。
子孫がつつがなく過ごせていることも確認できた。問題もなくなった。
あとは、気の向くまま世界を見てもいいだろう。
冒険者という性に合う仕事も得ていることで、その足取りは軽い。
たった一歩でまったく別の場所に渡ることができる鋼の種族でありながら、グレネットは、その両脚で歩き、今日もまた旅路を進めていく。




