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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第三章 安寧と奔走と自由と
33/59

■32■ オルガン編 第8話『襲撃事件の顛末と墜ちた女神の昔話』


 帝都で起きた貴族屋敷襲撃事件は瞬く間に広がった。

 イリーシャン侯爵家に非正規の依頼を受けた傭兵が侵入し、あわゆくば子息の命を奪おうとしていたというのだから帝都民も怒りに震えた。幼い子に手を出そうとしたこともそうだし、イリーシャン侯爵家は庶民からの人気も高く、時には『花の侯爵様』と呼ばれて親しまれていた。慶事や祝祭には必ずといってもいいほど大きな花輪を添えてくれ、寄付も渋ったことはないからだ。

 そんな庶民にとっても馴染み深い家柄への凶行とのことで、警邏隊のみならず、騎士団の一部も協力を申し出る事態となり、教会から真偽鑑定が行える高位の仔細まで担ぎ出されることとなった。

 その後、半死半生で運び込まれた傭兵の治療と共に、取り調べが行われ、とある貴族家が関わっていたことまでが暴かれた。そのまま、貴族家への強制捜査が執行され、当主をはじめとし執事や家宰まで含めてお縄になったという。

 そもそも、帝国法において、恣意的な襲撃依頼、または主導的襲撃を行い、相手の貴族家側に人的被害が出た場合、連座で一族郎党が処刑となる。血縁的に関係のある場合は、親族含め断頭台行きである。

 発覚しなければよいとでも思っている者も多いが、帝国の治安維持組織はそこまで無能ではない。汚職と権力闘争に関する罰則事項の多さたるや、専門の執政官や立法組織でさえ完全に把握している人間はいないとさえ言われている。

 法律の抜け穴など帝国成立以降、血で血を洗う帝政の中で塞ぎに塞がれている。

 その恐ろしさたるや、基本法からして『真偽定かざる時は皇帝であろうと神の元に問う』といった一文が明記されているのだ。魔術的な妨害要素の一切を仕込むことすら許されぬ状況で神官の真偽判定を受けることとなり、疑われた瞬間に帝国外に逃走する他ないとされている。

 その逃亡も帝国巡廻を担う装甲猟兵、法務局査察員、憲兵旅団などに総出で追われることになるので、逃げきった者は少ない。

 そういった帝国法に則り、 罰金刑の一部から被害者たるイリーシャン侯爵家には見舞金が手渡された。

屋敷の防備に一役かったオルガンにも金一封が支給され、多額の現金に度々頭を下げるオルガンに対し、家宰たるベネディクト氏は重ねて礼を口にし労った。


「君のおかげでこの屋敷も守られた。本当にありがとう」

「そんな、自分は出来ることをしただけで」

「だからこそだ。ラズフォード様の安全が守られたこと、何物にも代えがたい」

「もったいない、お言葉です」


その後、庭にきたラズフォードに抱きつかれ、オルガンは照れ笑いを浮かべていた。

 紅葉も赤く染まるこの時期、帝国の秋を祝う収穫祭も始まる。

 人々が浮足立つ中、オルガンにもまた転機が訪れようとしていた。




 何時も通りに園庭の雑草をむしり、土の水気を確かめての水撒きが終わる頃には既に昼だった。今日も、市井の食堂で腹を満たそうとオルガンが立ち上がると、その視線が庭園にある噴水を見た。

 噴水の彫刻には、天より舞い降りる女神という構図で、片翼のないアテイナ神が描かれていた。

 かつての時代、あのクロウと四度に渡って対立した女神は、現在において失墜と呪われた闘いを司る女神として言い伝わっている。




 のちに大神となるゼウスの養女とされるペトラルナの血族アテイナ神は、元々を大海にて漂う肉体なき魂の一つであったという。その姿を哀れに思ったゼウスは、その魂を飲み込み、己の肉の一部を用いてこの世に生み出した。

 母神ガイアと父神ウラノスより「いずれ彼女へと世界の主権は渡る」と忠告されたゼウスであったが、当時のゼウスは「その時は最愛のヘラと共に、いずこかに参りましょう」と答え、権力も権能も、優れた持ち手が有すればよいと明言していた。

 その後、ゼウスの手を離れたアテイナはクレタ島の女戦士パラスに師事した。しかし、武器を扱う際の教えを破ったアテイナは師であるパラスを打ち殺してしまう。

 アテイナの蛮行を知ったゼウスは、ヘパイトスの妹にして盾の神として知られるアイギスを彼女の元へ遣わし、新たな師として彼女への導きを依頼する。

 しかし、彼女の指導の根幹たる守勢の技、仲間への思いやり、槍の技のうち、槍の技を修めたアテイナは、残り二つのことを「軟弱で習う価値なし」と断じ、アイギスの携えていた盾を奪い出奔してしまう。

 以降、幾度となくゼウスは忠言と、新たな指導役として姉妹神であるミネルヴァなどを遣わし彼女を諫めようとしたが、ゼウスの思いは届かず、そのうちにアテイナは増長していく。

 妹であるアイギスの盾を返すよう求めたヘパイトスに対し、槍で刺し追い返そうとした。

 それをヘパイトスの幼い息子エリクトニオスが泣いて庇うと、その子を好ましく思い浚おうとまでした。

 あまりの狂奔に近くにいた鋼の種族が割って入ったほどであったという。

 その鋼の種族こそウィアトーレムとシャブタイの兄弟である。そのことを生みの親であるゼウスに告げたところ、ゼウスも思うところあってか、自身の弟であるポセイドンに彼女の指導を願う。

 ポセイドンはアテイナに神殿を与え、神殿のある地を守るよう言いつけたという。

 土地と神殿を得たことで、一旦は落ち着きを見せたアテイナであるが、何を考えてか、今度は叔父であるポセイドンを誘惑しようとする。

 ポセイドンに恋の妙薬、つまりは惚れ薬と興奮剤をふりかけたのだ。

 海神であるポセイドンは水を弾き、呪いの大半を打ち払った。

 ただし魂に傷を残され、その時の後遺症に悩むこととなる。

 ポセイドンに拒まれたことを逆恨みししたアテイナは、浜辺を司る海神ポルキュースの娘、ポセイドンと仲の良かったメデューサに対して「神殿を穢した売女」と中傷し、その身へ蛇を頭髪とする異貌となるよう呪いをかけた。

 そのうえ、魂の傷に苦しむポセイドンにあてがい、その身を穢そうとしたのだ。

 これを止めたのが、ウィアトーレムと、その友であるペルセウスであった。正気を失おうとしていたポセイドンの前からメデューサを連れ去り、半身を異貌と共に備えた石化の呪いによって石とされながらも逃げ出したウィアトーレムとペルセウスは、その真実を鋼の種族の始祖であるアイガイオーンに伝え、ゼウス神へと申し伝えてもらった。

 このことにアテイナの処罰が甘かったことを悔いたゼウスは、彼女に都市の守護者としての務めを与え、同時に、都市を見守ることができるカウカーソス山の牢へ繋ぎ、幽閉することとした。メデューサの呪いもヘパイトスより渡された水晶のお守りによって封じられ、彼女は助けられたペルセウスと結婚することとなる。のちに生まれたペルセウスとメデューサの子は、半神半人で馬の化身をもつペガサスであった。更にメデューサの持つ水晶のお守りは、後年に魔除けの一つとして伝わり、ゴルゴネイオンと呼び現わされるようになる。

 盾と槍を取り上げられて山の中に幽閉されたアテイナはというと、山に住まうプロメテウス神を呪いによって惑乱させ、牢屋の鍵を開けさせると、山を下りて逃亡を図る。

その際に近くを飛んでいたエキドナの子である巨大な鷲エトンを一度殺して羽を奪い、二度目に殺した際は骨を奪った。

 羽と骨で矢と弓をこさえたアテイナは、再び下界に逃れる。

 この頃、呪いの後遺症、魂の傷の影響で正気を失うことに悩んだポセイドンは、自らの身体を神と人の二つに分けた。人の身体をエノシガイオス、神の身体をポセイドンとした彼は、呪いをエノシガイオスに封じることで、正常な心を取り戻すに至った。

 しかし、呪いを封じられたエノシガイオスは、粗暴な性格となり、呪いの浄化を待たずしてポセイドンに一度目の死を与え、彼になりかわった。

 ポセイドンのふりをしたエノシガイオスによって統治されていた地は荒れ、幾人もの女性が辱めを受けることとなるのだが、そのエノシガイオスを討つという大義を装ったアテイナは下界より華々しくその姿を現わす。

 かくして、呪いの根源であるアテイナは、呪いと、神性を取り込んでいたエノシガイオスを討ち取り、ゼウスにその罪を減免されることとなった。

 しかし、それをよしとしなかったのが鋼の種族達である。

 惑乱させられたプロメテウス神のことと、再生したポセイドンからエノシガイオスが生じるに至った経緯をゼウス神に進言し、彼女の恩赦を取り消すよう願い出た。

 その事を盗み聞きしたアテイネは、機織りのアラクネという女に変身し、市井に紛れるよう逃げ出した。

 姿を消したアテイネに対し、ゼウスは三度、その身を探したが、アラクネに身を替えていたアテイネを発見することはできなかった。

 だが、ヘパイトスとアグライアの子、エリクトニオスの成長した姿を再び見かけたことから、その身を我が物にしたいと考え、美の女神であるアフロディテに対し、ヘパイトス神を誘惑するよう呪いをかける。

 その後に受けたアフロディテの誘う様子に不信を覚えたヘパイトス神は、妻であるアグライアと相談し、戦いに長じた鋼の種族に随伴を願う。

 その際に、息子の友であったシャブタイと、その弟のウィアトーレムが協力した。

 ヘパイトスと共にアフロディテの元を訪れたシャブタイは、彼女が呪いによって惑乱していることを見抜く。自在剣によって呪いを打ち払ったシャブタイは、その呪いをかけたのがアテイネということを知る。

 事の次第を知られたアテイネは逃亡しようとするも、後詰めとして用意していたウィアトーレムと、始祖アイガイオーンの兄弟であるエンケラドゥスの二人がかりで取り押さえられる。大地をひっくり返し、島を投げつけて彼等からアテイナは逃げ出そうとするが、エンケラドゥスによって背中を斬られて絶命した。

 かくして一度目の死にして、魂の死を迎えたアテイナは、そのまま大海に還ったという。

 後に、女神ミネルヴァがアテイナの地を引き継ぎ、神殿と民を守護した。

 そう神話では伝わっていた。

 実際のところだと、アテイナの起こした騒ぎはもっとあったし、メドゥーサを救う際に邪魔をしようとしたアテイナを、ウィアトーレム、今の名をクロウとする彼によって、めった斬りにされて半死半生まで追い込まれている。

 その数々の悪行から噴水や海沿いの土地に、アテイナの身が刻まれるようになった。

 彼女のように罪を負って水に帰ることにならないように戒めとして。

 傲慢、独善、身勝手の代名詞、それがこの地でのアテイナ神である。

 むしろ、自分達は言い伝えられなくてよかったなぁと、オルガンは一人頷く。


 遠くどこかで、練習を始めた鼓笛隊の音色が聞こえる。

 もうすぐ秋の祝祭も近い。

 帝都で初めてのお祭りに、オルガンの心も浮足立っていた。




 夕方に揃って屋敷を出るのが庭師の面々。保安上の理由から職人、魔術師含め、立ち入りは時間ごとに管理されている。緊急時に呼び出しを受けるのも本来は親方だけだ。他の職人は親方、ないし家宰であるベネディクト氏の依頼がない限りは一切の立ち入りを禁止されている。

 その後は、屋敷付の魔術師、及び護衛と、侯爵家直轄のメイドや執事、料理人のみとなる。

 この間のような例外中の例外な事が起きた場合はさておき、普段のオルガンも、先輩達と共に屋敷を出てしまうのだ。

 大抵は飲みに繰り出す面々と、食事に行く面々に別れる。年若いと見られているオルガンは、元々酒好きなわけではないので、大体が酒嫌いや下戸の人間と共に夕食に繰り出すことになる。見習いとはいえ三食の保障がある立場だ。大衆食堂で腹いっぱいに食べるくらいの給金も出ている。

 商業通りにある川魚を取り扱う店がいきつけだ。湿地帯で育てられている米を扱っており、店主も曽祖父が極東移民だったとのことでその味を受け継いでいる。

 極東移民の数も多い帝都では、箸の文化も定着しており、遠方から帝都に移り住んだ人間でもなければ大半が使える。

 ただ、文化的にナイフとフォークの方が主流なのは変わらないが。

 揚げたての芋と、塩を振って手早く焼いた川魚をフォークに刺し、醤油の塗られた焼きおにぎりを頬張る。粗野とも見えるが、白菜やキュウリのピクルスと共に食べていくと、これがまたあっさりとした味付けで食が進んだ。

 濁りのない龍墜の酒もあるのだが、そちらはちとお高いのでたまに商人の若旦那が粋に一杯やっている程度だ。

 握り飯と焼き魚、そして鳥肉を甘辛く炒めた大皿料理をかきこんでいるうちに夜も更ける。

 仕事の相談や最近の話を一つ二つ話していると、一人の男が不意に黙る。

 先輩で仕事でもよく世話になっているマルクマンと顔を見合わせ、オルガンが首をかしげる。


「おい、どうした?」

「料理女中のトラティナについて、どう思う?」

「トラティナさん?」


そう問いかけたのはマルクマンと同じ頃に庭師となったオルトだった。

 オルトは生まれも育ちも帝都という癖っ毛の金髪に青い目、そばかすの残る二十代になったばかりの青年だ。生まれは商業通りにある薬屋の三男坊で、薬草納入の伝手からイリーシャン侯爵家の家僕になった経緯をもつ。

 薬屋のせがれということで、害虫駆除や虫よけを得意とし、花々の品質管理にも一役買っている。コンパニオンプランツなどで薬事的効果を上げる手法なども一番に導入し、仲間内でも研究熱心なことで知られていた。

 その男の口から出たトラティナという女性は、イリーシャン侯爵家に通いで務めている料理手伝いの女性だった。

 現在は24歳になろうかという獣人種の女性で、大柄できっぷもよく、庭師達にも休憩の際に料理を差し入れてくれるなど世話になっている者も多い。

 やれ、昼飯の配膳の時に特に優しくしてもらっただの、今度食事に誘ってみるだの、実に微笑ましくすらある所信表明である。

 マルクマンが酒を注ぎ、他の面々も大きな声で応援する。

 暖かさに思わずオルガンも微笑むと、食事場の熱気につい新たな料理を一品注文してしまった。

 彼等は今日、飲み過ぎるのだろうなと思いながら。


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