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鋼の種族は花嫁が欲しい  作者: ザイトウ
第三章 安寧と奔走と自由と
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■29■ クロウ編 第13話『はるか極東の奇譚』


 今となっては昔。

 遙か極東に島国がありました。名を龍墜。空より落ちた龍が列島になったという伝説のある小さな島国です。島が生まれて暫く、何時の間にか住み着いた人間達によって集落が生まれ、群を成し、そのまま小国連合、そして龍墜という国ができるまで長い長い時間がありました。

 その途中、とある亜神が、龍墜の都市に降りました。

 亜神の名は(うるう)。大陸の古霊が、神格を得たものでした。



 閏は神格を得る前、大陸のいと尊き神仙、西王母により封ざれた悪しき者でした。

 自身が死後も国を治める為に霊廟に死体が溢れるほどの生贄を敷き詰めたとし、その治世を語ることすら禁忌とされた悪しき者です。

 それでも、慈悲深き西王母は封ずるに留め、己の悪行を振り返りなさいと諭しました。

 しかして閏は、その言を不服とし、己が世を支配すべきは天の行い、宿命であると封印の最中も決して己の行いを顧みることはありませんでした。

 独りよがりの善、生前から続くその心が示すよう、かつて霊廟のあった場所は通う者もなく寂れ、参る者もなく、閏は孤独の中に落ちました。

 木々に覆われ、光も差さず、人の気配もなく、動物すら寄り付かぬ場。

 その時になり、初めて閏は己の行いを自らに問いました。

 治世とは、王とは、國とは。

 そもそも、何ゆえに己は他を尊ばぬ。何故に王であったことに固執する。

 他を尊ばぬは己が志尊であるからだ。

 王であるのは生まれた時からの宿業だ。

 では、自らが王であらずんば、どのように生きたと?

 そこで不意に背筋が寒くなった。

 子供の頃に呼んだ英雄詩、歴史書、その他の書物を思い出して。

 世を治める英傑は数多いた。

 しかしてそれより最も多く居たのは民だ。自身が雑草の如く殺した民だ。

 自身が食む菜や肉を供し、自身が着る衣服をもたらした民だ。

 あぁ、あぁ。

 なにゆえ、先王、父は教えてはくれなんだか。

 なにゆえ、国母、母は躾てはくれなんだか。

 人がおるゆえに国、人を守るがゆえに王。

 尊敬もなく、畏敬もなく、このように滅ぶべくして、忘れられるべくして失した王の、なんと滑稽なことか。伝わること誇られることのない王の、なんと恥ずべきことか。さように自分は愚かであったのかと。

 自身の身体があれば崖下に身を投げたいほどの後悔を経て、閏は正道を知りました。

 その時、魂の克己を感じ取った西王母が封を解きます。国が滅して、既に数百年を経てのことでした。

 西王母はこう諭します。


「名を失いし王よ、かつて幼き名を閏と呼ばれた子よ、あなたは導きを亡くし、奸臣の言葉に抗うことできず、國を治めるだけの器が育たずして王となり、人心に反し、正道に反することとなりました。生前を救うこと、それは数多のさだめから私にも叶いませんでしたが、今ここに魂の解放を得ました。死後にして、貴方は天への道を得たのです」


その言葉に閏は静かに答えました。


「西王母様、私は生前に民を理解せず、多くの悪行を成しました。叶うなら、後世にそのような悪行を成すものを生まぬよう、為政者に己が罪を語り、正道の大切さを伝える者となりたいです。どうか、道を示してはくれませぬでしょうか?」


その言葉に西王母は頷き、閏の魂を崑崙山へ招きました。

 崑崙山にて尸解仙、死した後に道を求むる者としても異例の修行者として閏は鍛錬を始めます。その結果が実までまた数百年、修行の時が続きました。

 結果、彼は神仙、亜神としての力を崑崙山で授かりました。


「西王母さま、私は救われました。なれど、その罪は拭えぬものです。今一度、神仙に至りて取り戻した身体にて、世に出たいと思います」

「閏よ。その身に秘めた力はあまりに強い。かつて克己した時の心を忘れてはいけませんよ」


そして彼は、龍墜の地、争乱の燻る地へ降りたのです。

 しかして。


「……あれぇ?」


 間の抜けた閏の言葉が、戦の跡地で響く。

その地で起きた朝廷と地方主導者との争いは、大陸より渡った神代の種族の末裔、そう名乗る一団によって解決されていたのだ。

 それらは今、極東の民と混じり合い集部台(しゅうぶたい)の一族と呼ばれていると。

 それはかつて、シャブタイと呼ばれた鋼の種族の末裔達だった。

 しかして、争いの理由、神の土地と呼ばれる場所より現れる神代の魔物、荒ぶる土地神と祖霊による闘い、それらによって龍墜の混乱は更に大きなものとなり、そこに閏が巻き込まれることとなるのだが。

 それはまた別の話。

 これら龍墜の歴史に残る伝説を集めた『極東奇譚』なる奇書を、冬を前にしたある日、クロウは手に入れることとなる。

 その行方を知ることの出来なかった、兄の末裔のことを。


「行ってみるか」


一挙手一投足で世界を渡る鋼の種族は、瞬きの間に龍墜へ歩いた。




 騒がしい街の空気の中、薄汚れた街灯の姿をした長身の男。まるで気配を感じさせずに人込みを抜けていくその姿は、つい先程まで龍の領域に居たはずのクロウであった。人気のない夜の浜に降り立ち、そのままひょいひょい歩くだけで大きな街の中。  

 堺という港町に到着したクロウは、質屋で手持ちの武器を売っていた。


「拵えのいい剣だねぇ。質素だが実にきちんとつくられている。これなら4両は出せるよ」

「なら、それで」

「あいよ。あんた他所の国から来た冒険者かい?」

「まぁな。ところで、閏という、祭神だか仙人だかに聞き覚えは?」

「閏権現様かい? 今は確か、南の方の土地さ。こっからだとどれくらいかかるかねぇ」

「そうか、助かったよ」

「いいってことよ。それじゃあ、良い旅を」


そこらの岩を自在剣で削り、石の剣として素手で研ぎ、拵えは手持ちにあった革帯と革袋を整えて手早く作ってしまった一見すると異国の剣でひと稼ぎ。お手製の武器で日銭というには多い金を手に入れたクロウは、そのまま九州まで軽く移動する。

 そこらへんに、人除けの結界や魔封じの術式なんぞが極東式であるので、そういったものに影響を与えぬように迅速に移動していく。

 山林やらを足跡一つなく走って暫く、今の世で筑前と呼ばれる場所に到着した。

 神性の気配を辿り、近くにある巨大な神社から離れ、山林に囲まれた竈門神社という場所に歩く。

 祭神は玉依毘売(たまよりひめ)、初代のすめらぎが母、という伝説の残る神である。

 そこに、黒装束を着た細面の男が立っていた。

 柳眉に垂れた口髭、面立ちは大陸の文官を思わす男。

 

「もし、貴方が閏権現様か」

「貴殿は」


クロウの顔を見て刹那。

 真っ青な顔をした閏神は、石畳の上に膝を着いた。 


「え?」

「き、貴殿は集部台の一族に縁あるものじゃろう!? もう勘弁してくれぇぇぇぇ」


初見のおっさんに全力で拒否される鋼の種族がそこに居た。


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