■28■ クロウ編 第12話『生徒の相談に対する回答と』
とある日、庭で木工作業をやっていたクロウの家に尋ねてくるものがいた。
かつて短時間とはいえ教えを授けていた生徒の一人で、巨漢の偉丈夫が戸口に立っていた。
「先生、おられますか?」
「あぁ、オルブか、こっちだ」
「失礼します」
巨躯の偉丈夫。長い黒髪をした身長にもクロウより頭一つ分は高い生徒はオルブ。
サンダルフォン家という天使を祖に持つという古い家柄らしい。クロウの評価としては膂力と抜刀速度に見るものはあるが、今の時点としては平凡を脱しきれない青年、というもの。
彼の評価値が些かおかしいので、一般的な評価と照らし合わせれば彼は冒険者でいうところの上位冒険者なりたて、くらいの力はある。そのうえで、種族的な強みもあることを含めれば、ひとかどの武芸者でも手も足も出ないレベルの強さだ。
その腰には厚みのある片刃をした長剣を吊り、自然体であるが、長身のクロウよりなお頭一つ分は背が高く、肩幅では倍もあるのではないだろうか。
そんな彼の相談ごとというのが、中距離での攻撃手段についてであった。
「中距離戦?」
「はい、いわゆる、遮蔽物がない平原で、走って5秒以内に到達できないくらいの距離、くらいの想定で考えているのですが」
「まぁ、投擲武器だろうな」
「はい」
天使に連なるサンダルフォン家であるが、種族的な特性はむしろ巨人に近い。風属性の親和性はあるが、魔術式による魔力の発露を得意とせず、肉体的素養の方が高い。簡単に言えば、魔術耐性の中でも風が特に高い巨人族、といった感じである。
クロウとしても、自在剣を見せる場合でない時などは往々にしてあったので、そういった技術も一通り、どころか一部は達人の域で扱える。
「牽制するだけなら石だの礫だのぶん投げるのが一番速い」
「というと?」
「まぁ、砂や土があれば、こうやって握り固めて投げる」
庭の土をごりっと、一掴み手で掘ると、手の中で押し固める。加減はしていたようだが、掌を開くと、歪で金属じみた石の塊が一つ出来上がっていた。
「お、おおう。これはまた」
「ただ、しゃがんで掴んで固めるなどという悠長な事しているわけにいかん時や、足元を破壊すると危険な地下や洞窟なんかの場合はこれも使えん。最初に用意しておく方が楽だな」
今度はなにやら重そうな革袋が取り出される。
他の作業の時に使っていた材料らしい。
「魔導機なんかのベアリングに使われる玉だ。だいたい三指で掴める程度の大きさだな」
一般的な表現で、ビー玉より一回り大きいほどの金属球が、テーブルの上に落とされる。
「これを、投げると?」
「まぁ、人間同士でも投石で相手は死ぬぞ。同じ強さなら骨の一つも圧し折れるだろう」
「それは、そうですね」
無駄がない、というより遊びがない。
持ち運びやすいサイズの金属球を全力で相手に投げつける。
外皮が硬い魔物にでも通じそうな無骨で実用的な技であった。
「表面に魔術式を刻んで、即席の爆弾にする、という手段もあるが」
「え?」
まるでなんでもない事のように、自在剣で浅く傷つけた指先から流す血で、金属球に紋様を刻み始めるクロウ。
血液がまるで、マグマのように灼熱している。
神代の種族の血液を肉体操作で熱し、高熱の血液で表面に細い刻印を刻んでいく。
まず、金属に溝が惚れる温度まで熱して蒸発しない血液ということに驚き、次に肉体操作と魔術的な作業を冶金の高精練レベルで行う技量にまた驚く。
ほんの数秒で、金貨を何百枚と積んでも買えないアーティファクトが生まれていた。
「術式としては最近覚えた『分裂』と『拡散』を刻んでみた。たしか、刻印魔術師って職種が使う技術だったか、魔術的な刻印を金属板などに刻んで利用する技術だそうだな。最近は工具があるから便利そうだったなぁ」
しみじみとそういうクロウであるが、通常は言ったとおりに工業的な工具や計算式、魔術的な儀礼術式が必要なものを、片手間にやってしまうあたりとんでもない。
同じ術式であろうが、媒体が鋼の種族の血と魔力である。下手したら村くらいの規模なら吹き飛ぶのではないかと戦々恐々とする。
「あの、その魔術式の威力は、いかほどで?」
「さぁ? まだ実験したことがないのでなんとも」
「そ、そうですか。下手なところで試さないでくださいね?」
「ベヒーモスくらいの大きさの魔物でも出たら試すさ」
「そ、そうしてください」
あれ、下手に口の中にでも放り込まれたら、大抵の高位魔獣だの魔物でも頭が吹き飛ぶだろうなと、使ってもいないのにオルブは確信した。
ごそごそとどこかにしまっている危険物はともかく、話を戻さねばとオルブは姿勢を正す。
「金属球もよいとは思いますが、もっと威力が必要な場合は?」
「まぁ、無難なところはナイフや投げ斧、あとは石弓や銃じゃないか? 銃は無効化されやすいが、奇襲にはもってこいだし」
とある国の執政官が使っている『銀の銃』。これが原型となり、盲目領と呼ばれる聖王国の国境に隣接する場所で違法製造された携行銃、いわゆる拳銃が流通を始めたのが最近である。一時期、長射程単発式のライフル銃が過去の戦争に用いられていたこともあるが、魔導機の登場と腐食の魔術式による対策措置で一般化はしなかった。その為、ごく一般の武器として手に入るようになったのは拳銃が初めてである。
魔術的反応を必要とせず携行や狙撃が可能な武器、さすがに魔術的な防護も物理的な防護も貫通する銀の銃ほど驚異的なものではないが、それでも革新的であったのは確かだろう。
ただ、弾が出るか暴発するかわからないようなシロモノも数多く、『お祝い爆竹』などの蔑称で呼ばれることもままある。
真新しく兵器としての歴史の古い信用するには怖い武器、そんなイメージが一般的だ。
「銃は使ってみるか? 研究用に一丁買ってあるが」
「え? あるんですか?」
「まぁ、色々精査したが構造的に脆弱性はないから、きちんと動くと思うぞ」
なんでもできるなこの人は。そう思いつつ受け取った銃を確認してみる。
そもそもどっから色んなものを出しているのかすら定かでない。
銃、おそらく拳銃というものだろう。おおよそ掌二つ分から三つ分の大きさで、グリップ、バレル、そして回転式の弾倉というおおまかなパーツで構成されている。もっと細かく言えばフレームやハンマーといったパーツや、再装填用の内部機構まであるそうだが、説明されても
オルブはよく分からなかった。
「弾薬、さっきの礫と、それを飛ばす為の炸薬、それがひとまとめに弾倉に入っている。その金属製の小筒だな。尻に炸裂引火用の火打ち石の代替物、雷管ってのが仕込まれているから、ハンマーを指で押し下げて、そのあとで引き金を引くと弾が打ち出される、という構造だ」
なるほど。理屈はわかる。
ボウガンで言うところの装填と弓引きの作業を回転弾倉と雷管付きの弾丸で代替しているのだ。これなら前準備が済んでいるので、銃を撃つ時の最低限の動作、ハンマー下ろしと引き金だけで撃てると。
なかなかによく出来ている。
それは。
なんのために?
「………っ!?」
思わず手の中から銃をこぼしそうになった。
オルブはクロウを見た。
その顔に映る表情はなかった。空を見上げて、何を思っていたのか。
武器を構えていることが途端に恐ろしくなった。
こんなものを持つ理由が今あるのかと思わず口元を押さえた。
「武器をな、持ったあと」
「……はい」
「最初に想いついて、最後までずっと考えていることがあるんだ」
「それは、なんですか?」
「なんの為に、争わなけりゃ、ならないんだろう、って」
それは。
おそらく、鋼の種族が最初に想い、ずっと考えてきたものではないか。
戦いの最中に救えなかったものがある。
戦いの前に失ってしまったものがある。
それを考えた瞬間、オルブは、最低限の挨拶をして、その場を立ち去った。
自分が剣を携える理由を思い出す為に。
空を見上げて、クロウは想う。
大切なものだって、守りたいものだって。
無くなってしまって。
枯れたような気持ちが、不意に揺さぶられていた。
暖かい大きな手、遠く、潮風の中に感じた、肩車してくれる父の大きさ。
突然の戦いで失って、冷たい、亡骸になってしまったその横顔。
冷たくて。
触れた手が握り返されることはない。二度と、話すことも出来ないという事実。
ささやかなものだったはずだ。
塩っ辛く失敗したスープに愚痴をこぼし、今日あったことを馬鹿馬鹿しく語り合う。
自分の失敗に兄が苦笑いして。
父が、こうすべきでないかと、ちょっとした助言をこぼし。
そうやって、一日が終わるだけのはずだった。
かさかさに乾いた掌の重たさが、触れた瞬間の無機質さが、どうしようもなく悲しかった。
零れ落ちた涙が声もなく流れ続け、ひどく寒かった。
無力感、胸を焼くような後悔。
何かを、伝え忘れたような気持ちが、ずっと消えなかった。
それでも。
それでもと、鋼の外皮を纏い、自在剣を握った。
悪神よ。何故。
この世界を、さほどに、お前は。
お前は。
頭の冷たい部分を塗り潰すように呼吸を吸い込んだ。
巨体に漲る力が、怒りに変わった。
なんの為に、貴様は争う? なんの為に、我々から奪う?
空をつんざくような慟哭と共に、剣を振る。
家族を失い。
傷付いた同胞を庇い。
剣を必死で振るって。
悪神を討った。
それで。
それで?
再び目覚めて、世界が失われていないことに安堵した。
再び目覚めて、友と会えたことに安堵した。
再び目覚めて。
再び目覚めて、しまったことを後悔している。
なにもかもで戦って、なにもかもを投げうって。
それでどうにか手に入れたものはこれからを生きていける平和。
なんて尊い。
なんて、ちっぽけな。
そう考えると、どうにも何かする気分にはなれなかった。
俺は何のために。
誰の為に、ここに居たいのか?
どうしようもなく。話したくて。
どうしようもなく、黙り込みたくって。
どうしようもなく情けなくて。
ふさぎこむような気分で、飲みたくもない酒を呑んで、その日クロウは眠った。




