■27■ オルガン編 第7話『季節の変わる帝都の小さな争乱』
人々を苦しめた残暑も終わり、帝都に秋が訪れようとしていた。秋雨に濡れた帝都は、徐々に気温を下げていく。もうしばらくすれば冬の訪れる頃合いだ。地理的な気候から帝都の冬は雪が多く、その時期ともなれば多くの往来が途絶える。
今日も庭師の仕事に精を出すオルガンは、過去の記憶と比べて随分と色鮮やかに感じる桔梗を眺め、庭木の剪定を手伝っていた。
風に騒ぐ木々。暖かな日差し。乾いた風。
イリーシャン侯爵領でも水耕栽培されるうち、温帯睡蓮と呼ばれる幾つかは時期がそろそろだ。水が濁らないように、設備整備の為に領でも指折りの錬金術師とやらが機器の面倒を見ていた。
機械設備関係の高い技術をもつ帝国でも、花卉栽培に用いるのはイリーシャン侯爵領と、帝国研究所の農作物関連部署くらいだろう。ただ、大規模栽培の一部に、ゴーレムやサーヴァントドールと呼ばれる非生物作業従事用使い魔などを用いるところもあるそうだから帝国と言うのは奥が深い。
帝国では最近、一部の技を魔導技術と呼びならわすことも増えたそうだ。
錬金術と異なる帝国独自技術としてのブランドイメージの為だろう。
世は進歩したんだなぁと、神代の道具、自身の一部である自在剣を剪定バサミに変形して使っている鋼の種族は、なんとも感慨深く手を動かしていた。
たまたま出会ったエルフ種の少女は、ときたま訪れる際、オルガンにもそういった珍しい話を聞かせてくれる。かわりに古き時代の話をせがまれることもあるが、自分より年若い女の子に語り聞かせるのを、オルガンも嫌ってはいなかった。
子を持った時、あのグレネットでさえ顔を緩めていたのだから仕方ないのだろうさ。
剪定した草花を麻袋に放り込んで一息に担ぐ。おおよそ、人の世にまぎれようとする際だと持ちうる力の千分の一くらいでちょうどいいくらいだった。
これが、冒険者や戦闘技能の持ち主だと、自分の100分の1から10分の1くらいまで相当するらしい。世界に満ちた種族達もまた、新たな階梯に辿り着くのだろうかと興味深くはある。
今日の仕事を終えようした頃、屋敷の方が少しばかり騒がしくなっていた。
先輩のマルクマンが慌てた様子で寄ってくる。
「オルガン、家宰のベネディクトさんがお前に話があるって」
「それはまた」
厄介事の気配がするなと、オルガンは僅かに肩をすくめた。
残りの仕事をマルクマンに預け、屋敷へ急ぐこととする。
家宰のベネディクト氏は、使用人を束ねる屋敷内の総責任者だ。
時に当主代行を務める壮年の男で、御年60歳。
長身、一部の隙もなく撫でつけた灰色の髪といい、端まで整えられた口髭といい、まさに帝都における侯爵家の柱の一つである御仁だ。
年齢については無論オルガンより遙かに年下であるが、人の世においての経験は比べるまでもなく遙か上だ。巧妙に隠しているが、重心から腰と袖に僅かな重量が感じられる。おそらく暗器の一つも仕込んでいるのだろう。
「オルガン君、まことに申し訳ないのだが、君の手を借りたい」
「荒事ですか?」
「まさに」
頷くベネディクト氏は、普段は携帯していない黒檀色の杖を携え、手袋だのブーツだのを用意している。
解る者には解るだろうが、杖は硬くしなやかで、多少の乱暴をしても曲がりそうにない見事なものでああり、ブーツと手袋も、対刃繊維や鉄板で強化された荒事用のものに間違いない。
「君、得手は?」
「剣を少し。相手は?」
「傭兵。おそらく数名」
侵入者があることを察しているが、外部に助力を求め辛い状況。
そこまでは察したが、さすがに事情の詳細までは解りかねた。
この地においてオルガンは、単なる庭師見習いでしかないのだから。
ただし。
あの幼いぼっちゃんや、親切な召使いの女性が危険な目に合う可能性がひとかけらでもあれば、どうにも許せそうにないのは確かだった。
「お手伝いします」
「すまん。できうる限りの報酬は用意する。命を、預けて欲しい」
大仰な言い方であるが、戦場に出るというのはそういうことだ。
まぁ、相手にとっては神話生物が敵に混じるなんて欠片も想像していないだろう。
結果は言わずもがな。
惨劇とまではいかないが一方的な展開であったことだけ最初に言っておこう。
ボロい仕事のはずだった。そう彼等は落胆した。
花卉栽培で大きな利益を生み出すイリーシャン侯爵領は、貴族社会の中でも成長株として評価され、事実、裕福な貴族家では彼等の花を用いて庭や邸宅を飾り立てることを一種のステータスとする風潮まで生まれつつあった。
併せて、花卉栽培の裏で行われていた薬事的効果を持つ植物の生育研究も大きな成果を生み、錬金術師ギルド、薬師ギルドなどと幾つもの契約を結ぶことに成功した。帝国成長の一因を担う花の奇術師、それがイリーシャン侯爵だ。
無論、齎せた成果によって凋落の受け目を見た者達もいる。
領内の希少な草花の輸出で利益を得ていた貴族、薬師ギルドとの結びつきで一定の権力を得ていたような貴族である。特に薬の材料である薬草に対し、領地外への輸出規制を名目に不当な価格を定めていた家などは、瞬く間に潰れた。
そのことを怨みに持つもの、または派閥が行ったのが粛清をお題目に行った傭兵による襲撃事件である。
傭兵ギルドを経由しない裏仕事を受ける者達は少なくない。
その中でも指折りの実力者であるサンシェード兄弟が依頼を受けた時、依頼者達はイリーシャン侯爵家が受けるダメージ、そして立場の逆転を妄想し、さぞほくそえんでいたのだろう。
その予想は一人のイレギュラーによって覆されたが。
サンシェード兄弟とその傭兵団による襲撃は夜半に行われた。
野盗、または物取りの仕業として粗雑なやり口で屋敷に侵入し、偶然にも遭遇した子息を殺害する。そういった脚本の元に動くはずであった。
壁だの庭だのにある警報は、家族を誘拐し脅した貴族家所属の錬金術師に感度を下げさせ、上等な魔道具を使って反応を誤魔化し侵入する。
そのまま屋敷へ一直線、のはずだったものにケチがついた。
庭木に足をとられた子分が数名、庭石だのに頭を打って行動不能になったのだ。
そこでサンシェード兄弟がもう少し考え深ければ気付いただろう。
くだんの錬金術師が、家族の命惜しさに協力するふりをしつつも、家宰に知らせてのけていた可能性に。
庭の事故というのは、庭師の親方が数えて1時間もせずに用意した周到な罠だったのである。草木の配置と木々の位置を僅かずつ細工し、慣れぬ者であれば途端に引っかかる足引きだの障害物だのに変えてしまった。
続いて屋敷から矢が射られた。音も気配もない連射。
子守り召使。それは子息を守る最後の防波堤だ。貴族家ともなれば相応の実力者が雇われる。今でこそメイドを務めているが、元冒険者である彼女も例外ではない。
名の知れたレンジャーだった彼女は、一掃射で数人の襲撃者の手足を貫いた。
それでも足を止めないのは、報酬か、それとも依頼者に対する畏怖か。
残りは数えて5名。この段階で過半数を割っていた。
それもそのはず、庭木の影から放たれた魔術式で、また数名が行動不能に陥っていた。
屋敷付の魔術師とて無能が居座れる立場ではない。屋敷の防護設備として備えていた術式を操り、即座に高位の束縛術式を続けて放つ。
それこそ気付いた時にはもう逃れられぬ速度で。
さすがに魔術対策は施していたのだろうが、全員にまでは無理だったのだろう。
自分達と、その側近、実力に信頼のおける者達が精々。
そのまま更に一歩、屋敷の正面玄関に踏み込もうとした刹那、二階の窓から人影が舞った。
視界外からの襲撃、ただし、手練れの傭兵であったサンシェード兄弟は気付く。それでも、僅かな隙が生じてしまったのは確かだった。
ベネディクト氏によって放たれた跳び下り様の杖撃は鎖骨を砕き、重たい蹴撃一発でサンシェード兄の胴を蹴り潰した。
内臓の幾つかは潰れただろうが即死しない、それくらいの攻撃を瞬時に受けたのだ。
サンシェード弟が得物のブロードソードを振り抜くも、硬い杖によって受け流される。
そのうえ、二人が攻防を行う間に距離を詰めようとした生き残り三人は、背後からの一撃で吹き飛ばされた。
屋敷にあった馬上槍を横薙ぎに振り回した庭師による一撃で。
加減はしたものの、人間はボールではないので、吹き飛ばされ衝撃であちらこちらの骨が折れたであろうことは感触からもわかった。
呻き声すら漏らせず動かなくなった面々に加え、そのまま馬上槍を抱えて走る長身の男にサンシェード弟も度胆を抜かれる。騎士崩れか何かの使用人が後詰めにいたとは最悪の事態だと。
前段階では、屋敷にいるのは最低限の人員であることまでは調べがついていた。
所領の管理に加え、長子の成人に伴う貴族位継承前儀礼による人員の供出、それにより屋敷内に残る人員は総責任者にあたる家宰と屋敷の管理を司る人間、末子の数少ない従者、あとは精々が庭師程度のはずだった。
だが腐っても貴族家、家宰は万夫不当とかつて謳われたイリーシャン侯爵家筆頭騎士でありその実力は見ての通り。先程の狙撃とて名立たるレンジャーのそれ、これは最悪の仕事であったと気付いた時には遅い。
サンシェード弟が騎士崩れと目算した青年、彼が単なる庭師であると気付く前に、儀礼用の馬上槍が曲がるほどの威力で振り抜かれた一撃、半身が潰れるほどの威力によって動けなくなっていた。
かつて貧民街で日を避ける屋根すら与えられなかった兄弟がいた。
そんな彼等はねぐらを求めて家を襲い、やがて傭兵でも鼻つまみ者となり果てた。
それがサンシェードと名乗るようになった兄弟だ。
彼等は生き残ろうとした。だが、それを抑止する理由がなく、際限なく求めた。
求め、求め、求め、求め。
危ない橋も渡った。いかなる敵も殺そうとした。負ければ逃げ延びて再び牙を研いだ。
死ねなかった。死にたくなかった。
そんな彼らが、古い業に触れてしまったのは、必然だったのか、偶然だったのか。
半身がへしゃげるほどの重傷でありながら、サンシェード弟は一つの魔道具を懐から取り出す。
それは黒色の球体。
「しるしは九つ、《臨め、兵士、闘争、只人、過去、集まり、陣営、隊伍、前進、行進》。いずれは訪れる者の名は亡び。失われしは兵団、訪れよ。進め、進め」
聞きなれない呪文が明瞭に唱えられる。古語の混じる詠唱に対し、反応したのはベネディクトとオルガンが同時だった。
ただし、詠唱が遮られることはなかった。瀕死のサンシェード兄が放った同じく古代の魔道具が、二人の動きを僅かな間とはいえ封じたのだ。
黒球が弾ける。騎乗槍が落ちる。
閃光と共に何かが現出しようとした刹那、何かがそれを断ち切った。
それに気づいた者は、おそらく成した者を除き、ごく僅かであった。
「畜、生。ハズレ、掴まされたか」
それに気付かず、昏倒した弟と、息も絶え絶えの兄。
ここに、誰に知られることのない闘争は終わりを迎えていた。
どさりと地面に腰を下ろすオルガン。深い溜め息と共に身体の影に隠されたのは、何かの残滓のような煙を立ち上らせる剪定鋏であった。
さしもの二人も、命を対価に古代の亡霊兵を一個師団召喚する魔道具が、光より速い何かで叩き斬られてとは想像もしなかっただろう。
そうして、小さな争いは誰に知られることもなく終了していた。




